シュバルツ短編2
□Neujahr
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人間見た目じゃありません!
『Neujahr』
「あけましておめでとう!」
そんな声が響く、1月1日。
今日は正月だ。
緒方家にてその日を迎えていたケヴァンは、上記の言葉を後ろから受けて振り向いた。
振り向いた先に居たのは正月ゆえか、少し着飾った奏の姿。
それが少し恥ずかしいのか、頬を桃色に染めてはにかんだ様に笑っている。
その奏はケヴァンがこちらを見たことを確認すると、一度姿勢を正し、
「昨年はお世話になりました。今年もどうぞよろしくお願いします」
と、慎ましくお辞儀をして再び微笑んだ。
その姿にケヴァンも自然と笑みを浮かべ、「あけましておめでとう」「こちらこそ」と同じく頭を下げた。
昨年は本当にいろいろなことがあった。
だけどどうにか無事に新年を迎えられ、2人はそれを喜び合った。
そうして2人が和んでいると、不意に奥の部屋から声が聞こえてきた。
この緒方家の人々だ。
緒方家の人々、努と瞳、宏武と鈴音が次々と現れそれぞれ「あけましておめでとう」「おめでとう、2人とも」と挨拶を贈る。
それに2人は同じように正月の挨拶を返す。
緒方家の人々に囲まれていると、奏もケヴァンも自然と頬が緩む。
彼らと共に日常を迎えられること、それが2人にとっては何より平和で穏やかな日々を感じる瞬間なのだ。
それゆえに自然と零れた2人の笑みは、また自然と緒方家の人々の笑顔を誘った。
お互いがお互いに癒され笑い合う皆の周りには、何とも和やかな雰囲気が漂っていた。
が、
「あ」
不意に瞳が声をあげ、慌ててポケットの中を探り始めた。
瞳の声に和んでいた空気を正した皆は、何かを探り出した瞳のほうへ視線を集中させる。
そんな視線を受けながら、ごそごそとポケットの中を探る彼女はふと顔を輝かせる。
そして、
「あった!」
と嬉しそうに声をあげ、その探り当てたものを出してきた。
そしてそれを奏に手渡しながら、
「ハイ、奏。努さんと私から」
どうぞ、と言った。
瞳から手渡されたものを見、奏は顔を輝かせた。
奏の手の中にあったお年玉。お正月の子どもたちの楽しみの一つだ。
奏だってまだまだ子どもだ。お年玉をもらえたら素直に嬉しい。
「ありがとう!」
奏は本当に嬉しそうに瞳と努にお礼を言った。
そんな奏の姿に、努も瞳も頬を緩めそうになる。
それだけ奏の笑みは愛らしかったのだ。
だがどうにか表情を引き締め、「無駄遣いするなよ」と厳しく言う。
これだけはいくら可愛くてもきっちり言っておかなければならないことだと思ったのだ。
そんな緒方夫妻の思いは、奏にもきっちり伝わっていた。
奏は大きく頷き、手の中のお年玉を大切そうに抱き締めた。
それに緒方夫妻は満足そうに笑う。
緒方夫妻だって、奏が本当に無駄遣いするとは思っていない。
だが、親として親だからこそ言っておかなければいけないこともあるのだ。
それが愛情ゆえのことだと、奏もわかっている。だからこそすぐに頷いたのだ。
そんな親と奏の様子を見て、蚊帳の外に出されていた宏武は「いいな」と羨ましそうに呟く。
こんなに喜んでくれるなら、大事に使ってくれるなら。
「俺もあげればよかったかな」
子どもが駄々でもこねるかのように呟いた兄に、鈴音は「そんなお金ないでしょ」と突っ込み、兄は妹の冷たい言葉に撃沈した。
そんな微笑ましい(内1人にとっては否定したいところだろうが)風景の中、難しい顔をしているものが居た。
―ケヴァンだ。
まだ大人に達してない幼い面差しに似合わぬ皺を眉間に寄せ、何かを考え込むように首を傾げている。
そんなケヴァンに気付いたのは、がっくりと肩を落とした兄を見ていられず視線を逸らした鈴音だった。
「どうしたの?」
難しげな顔をしたケヴァンに、鈴音は不思議そうに尋ねかける。
それに初めてこちらを見る鈴音に気付いたようなケヴァンは、難しげな視線をそちらに向ける。
そして、
「オトシダマ、とは何だ?」
心底不思議そうなその問いに、鈴音は一瞬ポカンと口を開く。
まさかそんな当たり前のようなことを聞かれるとは思っていなかったのだ。
だがすぐに彼が留学生だったことを思い出し、慌てて「あのね」と説明を始める。
「お年玉ってのは、正月に子供に金銭を与える習慣よ。まぁ、わかりやすく言うと正月に渡される特別なお小遣いってところね。
でもさすが特別なお小遣いって訳で、金額も高額。しかも大人たちはお年玉の金額をまるで競い合うかの如く上げてくる。それが子どもへの愛情の大きさのようにね…。」
鈴音の説明に、ケヴァンはなるほどと真剣に頷く。
微妙に説明としては間違っているのだが、知らないケヴァンにとっては突っ込みようが無い。
「まぁ、ある種大人にとっても子どもにとっても戦争ね」
誰も止めない…止まらない鈴音は、さらに言葉を続けると満足そうに頷き、聞いているであろうケヴァンの方へ振り返った。
が、「あれ?」
鈴音は辺りお見渡す。
だがあるはずの姿はどこにも無く、聞こえてきたのは玄関の扉が閉まる音。
その音に騒いでいた家族たちも気付いたようで、一様に扉の方へ振り返る。
そして皆一緒に呟く。
「…アレ?」