古びた大学ノート

□ROCK'N-R・P・G-
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《始まりの始まり》
その晩、関東を豪雪が襲った。
すすけたコンクリートを、冷えきった土を、さして区別もせず白一色に塗りつぶす雪。街の喧騒も、鼓動さえもかき消しそうな、痛いほどの静けさ。

けれど雪は、夕飯時の家族会議という名の断罪行為をかき消してはくれなかった。
「だから、言ってるだろ。これがオレの精一杯なの。」
被告は、オレ。容疑は、目も当てられない成績。
「そうは言っても、これじゃ行ける大学なんてないわよ。お兄ちゃんと比べないとしたって、これは…」
検察官は、おふくろ。来週にひかえている文理選択の三者面談に、当事者のオレより頭をかかえている。
「やめろ、おふくろ。人には得意不得意があるだろ。アラねぇだって成績は最悪だったらしいじゃん。」
弁護人は、兄貴。でも、説得力皆無。
だって…
「そうね。でも霰はスポーツ推薦で大学に入ったし、実業団からも声がかかったわ。司だって、芸大で楽しくやってるじゃない。」
アラねぇは、スポーツ万能。いまや世界規模のスプリンター。
ツカねぇは、デザイナー志望。でもって特技は写真みたいな油絵。
で、この弁護人は3つ上の兄貴で、名前は悟。掛け値なしの神童。首席以外取ったことなく、去年から見事に東大生。
んな化け物兄姉に囲まれたショックか、オレは正真正銘の劣等生である。習い事はすべて挫折。野球部3軍。成績はすべて5段階の2。特技はドジと変顔。長所なし。
名を、小山碌という。
怠けているわけではなく、人並みの努力の結果がこれだから救いがない。


食後。
オレは兄貴の部屋に遊びに来ていた。なんてこたぁない、目当てはファ○コンだ。オレの部屋にはテレビがない。
「またゲームか。好きだな、高校生にもなって。」
「いいだろべつに。頭いいやつには分かんないんだよ、この良さが。」
拗ねるように言うと、兄貴は喉を鳴らすように笑った。
「くく…分かるさ。俺も好きだったさ、とくにRPGとかいうやつ。」
「しょせん過去形だろ。」
「まぁな。世の中、そのゲームみたいに努力したらしただけレベルに上乗せされる程甘くない。魔王だって、勇者が強くなるまで鍛練もせず待っててはくれない。」
この神童、笑顔で子どもの夢をぶち壊しやがる。
「その点、素直な碌にはぴったりなモノだ。やりたいこともやれることもないなら、そういう素直なゲームを作る仕事でも目指したら?」
「目指したことはある。でも倍率高いんだよな〜」
「そうか。やっぱ素直だな。」
鳴り響く電子音。
兄貴はポケベルを覗きこみ…すっくと立ち上がった。
「先輩の呼び出しだ。ちょい出て来る。」
そして言い残した。
「俺なら、もっと世知辛くて、もっと楽しいゲームを作るな。そしたら遊んでくれるか?」
「う…まぁ、兄貴が作るなら…」
兄貴は、良かった、と笑い、部屋を出ていった。


その夜が、兄貴を見た最後だった。
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