古びた大学ノート

□LA〜Next Year〜
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《プロローグ》

ざわり、ざわり。
森を撫でる空気はみっつ。

鳥たちが奏でる、春のそよ風はみずみずしく、人々のどよめきは密かしく、不穏である。
そしてそれらの足元を、人工のひんやりした空調が流れていく。

ここはとある田舎の里山。立ち入り禁止のロープはかりそめの結界でしかなく、中には何人かの大人たち。揃って眉をひそめ、こそこそと忙しく働いている。
彼らはみな、この地下に隠された研究所のことを知る、いわば関係者である。

「話をまとめますと、昨日の晩に、ここが盗難に遭いました。盗まれた物品はただひとつ、なにか重要なデータの入ったCDです。犯人は茶髪の男です。」
そう報告する一人の男。
「気をつけて。そいつ、ただ者じゃないですよ。なんせ、僕が気配を掴めなかったんだ。」
青い髪がやたら目立つ被験者の一人が、そう横やりを入れる。
「そうだな…ドリートに悟られなかったスターターなんて、死神以来だ。こりゃ、厄介な敵だな。」
傍らで聞いていた中年の女性が、彼の感想に頷いた。
「加えて、だ。内部関係者は知ってると思うが、あのCDの中身は、とある過去のスターターの能力に関するものだ。」
「過去のスターター?」
「ああ…」
女性は思い出すようにつぶやいた。
「あのとき…オレたちを助けてくれた、当時のスターターマスター。龍の力を完全に体現したスターター…紅爆のものさ。」
「龍の力だって?」
ドリートは何かに気付き、息をつまらせた。
「今になってその能力を、盗んででも知りたかった犯人…それは、その能力を持った誰かを倒そうとしている奴…ってことになりませんか?」
「矛盾は、ない。オレもお前と同じ仮説だ…」

それは。
今、スターターマスターに君臨する、龍の力を持つ者…木々原勇を、狙っている、ということ。

「先生。すぐ学校に戻られますか?」
「いや、ここの調査にしばらく付き合ってからにする。大丈夫さ、医務室には代理を立ててある。オレが直に育てた愛弟子だ。」
「じゃなくて!木々原君に伝えないと!」
ドリートは踵を返すと、ロープをまたいで歩き出した。
「なんだ?キャンの長たるお前が、あいつの味方してくれんのか?」
「ええ。盗人をみすみすマスターにする助長はしません。キャンの誇りにかけて、ね…」
オーラの潮流をまとい、彼は走り去った。
「誇り…ねぇ。よく言うよ。今回のは完全に私情じゃねぇか。」
彼女はため息まじりに、空想上の仮想敵を哀れんだ。

かつてドリートに破れ、今まさに、マスターに返り咲くことを強く望む男の顔を。
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