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□俺とお前の幸福論
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「なぁ骸、骸の前世って何だったの?」

ソファの上にうつ伏せになりながら本を読んでいた綱吉が、唐突に質問を投げかけた。
骸は紅茶を淹れながら、「そうですねぇ」と曖昧な返事を返す。

「ミルクですか?レモンですか?」

「ストレート」

骸は優雅な仕草でポットをくるくると回し、温めておいたティーカップにゆっくりと紅茶を注いだ。
白い湯気とともに、ダージリンの良い香りが部屋に満ちていく。骸は角砂糖を二個摘むと、綱吉のカップに落としティースプーンでそっとかき混ぜる。
自分のカップには何も入れず、二つのカップを綱吉が寝そべるソファの前にあるテーブルにカチャリと置いた。

骸はテーブルに備えつきの椅子に腰を降ろし、前髪を掻き揚げる。
そんな動作の一つ一つが美しい。

(こないだ行った美術館の絵とか彫刻なんか目じゃないなー・・・)

「で、なんでしたっけ?僕の前世?」

「え?あっ、うん。そう!」

質問した本人さえうっすら忘れかけていた話題を持ち出されて、一瞬綱吉はなんの話かわからなかった。

「いきなりですね。今度は何の影響ですか?」

綱吉が突然意味不明なことを言い出すのは今に始まったことではなかった。綱吉は本で読んだり、テレビで見たりしていて疑問に思ったことを何の前触れもなく突然聞いてくる。
最初こそ戸惑うこともあった骸だが、何年も一緒にいると嫌でも慣れてしまった。

「や、なんとなく。じつはさ、前から疑問には思ってたんだよね。でもなかなか聞くタイミングがなくて、今ふっと思い出したから聞いてみたんだけど・・・。」

「いつもながら突然ですね・・・。でもどうして僕の前世なんか気にしていたんです?」

「だって骸って前世で冥界廻った記憶があるんだろ?そんな人間って滅多にいないじゃん。だから前世で骸はどんな人生を送ってたのかな〜とか思って。」

綱吉はソファーから起き上がり、紅茶を一口飲んだ。
ボヴィーノのボスに送ってもらったダージリンは綱吉のお気に入りだった。とても質の良い一級品だ。

「クフフ、残念ながら僕には前世で生きた記憶がないんですよ。」

「えっ、そうなの?」

「ええ。」

骸は持っていたカップをソーサーに戻すと、微笑を浮かべながら口を開いた。

「六道を廻っていた時はまだ前世の記憶を持っていたんですが、僕はレテの水を飲んでしまったので。」

「レテ?」

「冥府にある川の名です。意味は『忘却』。その川の水を飲むと過去の記憶を失ってしまうんです。」

珍しく饒舌な骸の話は、笑って話すにはあまりにも悲しい。
綱吉は眉を寄せて俯いた。

「綱吉くん?どうしました?」

具合でも悪くなりましたか?と肩に手を置く骸の優しさが嬉しくて、悲しくて、切なくて。

「もしかして、今の話のせいですか?それなら気にすることはありません。普通の人間は前世など覚えていなくて当然ですし、そんなものなくても、今の僕が生きていくことになんの支障もありませんしね。」

「・・・・・・。」

顔を上げた綱吉の瞼に、骸はそっと口付けた。その口付けから溢れるほどの愛情を感じて、綱吉はさらに目頭が熱くなった。
骸は、優しい。初めて出会ったときは予想もしなかったほど、慈愛に満ちている。

「だから、そんなに泣かないで下さい。」

「・・・あ・・・」

言われて初めて、綱吉は自分が涙を流していたことに気付いた。

「あれ・・・なんか俺、最近涙腺弱くなった気がする・・・」

「元々でしょう?さ、休憩時間はそろそろ終わりにして仕事をしないと、君の優秀な家庭教師がうるさいですよ。」

骸がわざと明るく振る舞ってくれているのがわかって、綱吉も「うん!」と明るい声を出した。



骸の人生は、楽しいことよりむしろ辛いことの方が多かったのだろう。でも、それでも綱吉はもっと骸のことを知りたいと思った。互いに悲しみを分け合うことができたらいいと。

綱吉はもう冷めてしまったダージリンをぐいっと飲み干した。








END

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