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□題名・無題
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どうしてこんな面倒なガキを引き取ってしまったのか。
頭痛の原因である弟子を思い浮かべながら、盛大に眉を顰め残った酒を一気に飲み干した。










「師匠、師匠ってば」
ぐいぐいと袖を引かれる。無視しても袖を引く力が弱まる事は決して無いので(少年の機嫌を損ねる方が厄介だ)、仕方なく目線だけで問い返してやると、相変わらず掴んだままの袖を揺らしながら露店を指差した。

「あれは何ですか?」
「ねぇねぇ師匠、」
「あっ、師匠、あれ食べたいです」
「あ、やっぱりこっちがいい!」

よく目が回らないものだといっそ感心する位、小さな頭が前後左右にちょろちょろ動く。
他人とは違うその髪がまだ少しだけ気に掛かるのか、この暖かい春の陽射しの中でもフードは被ったまま、だ。

(それにしても、)
(暑い。)

時に団服は凶器になる。
ほぼ黒一色で仕上げられた其れは、与えられる陽射しを全て吸収するかの如く瞬く間に持ち主を蒸し殺す。
じんわりと不快な感触に素直に眉を寄せ、此処らで一息つくか、おい馬鹿弟子昼飯にするぞ、と振り返った時には既に少年の姿は無かった。










カランカラン。
いらっしゃいませーという若干間延びした少女の声と、昼間から酒に浸るように飲み続け騒ぎ立てる男達を尻目に、一人黙々と酒を飲む。
あれからしばらくアレンを探したが、なによりこの人込みだ。そうそう見つかりもしないだろうとさっさと見切りをつけて、アレンから見て比較的見つけ易いであろうテラスに腰を下ろした。
アレンはよく迷子になる。
こういう時はやみくもに動き回るより、その場を離れない事が大事だと聞いた。


(まぁその内見つかるだろ)
(これだからガキは嫌いなんだよ)
ティムに向かって煙を吐き出すと、嫌がるようにパタパタと旋回した。



と。その時。


「…なんだ?」
なにやら辺りが騒がしい事に気が付いて、通りの向こうを何と無しに眺める。

そして、見付けた。








「さぁさぁ、お次は世にも珍しい少年だ!」

中肉中背のやたら演技じみた動作の男が、物陰から少年を引きずり出す。


人身売買。


別段珍しい事ではないが、こんな賑やかで穏やかな町の中で、この時代の"闇"とも言える行為を垣間見るとは思わなかった。
ましてや、今まさに壇上に上がっている(正しくは上がらされている)少年に見覚えがあるなんて、そんなまさか。

「ちょっとっ、人の話聞いてるんですか!いい加減開放しないといくら温厚なぼくだって怒りますよっ」
「師匠っ、しーしょーうー!」
「どうせどこかで見てるんでしょ、さっさと出て来て下さいよッ」



ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるアレンを見て、クロスはほとほと嫌になった。
なんであんな面倒なガキを引き取ってしまったのか。
考えている間にも少年の値段は上がっていく。

「さぁ、もう他には居ないのかい!?」

やけ酒よろしくグラスの酒を飲み干したのと少年の買い手が決まったのは、ほぼ同時。





「俺が買おう」




回りを取り囲む野次馬達をものともせずに、1番前へ踊り出る。呆然と自分を見上げる弟子を軽く睨むと、ヒィッ、と息を飲んで竦み上がった。

「お目が高いじゃないかお兄さん、早速だが金額は…」
「これだけやる。好きなだけ持っていけ」


カタ、と開け放たれたトランクに目一杯詰まった札束を見て、男が歓喜の声を上げる。そのまま引きずるようにアレンの腕を掴んで歩き出す。


「いたい、痛いです師匠、」
「煩い」


それきりお互い無言のまま歩いた後、少年から袖を引かれて渋々振り返る。

「師匠、」
「ありがとうございます」

えへへ、と笑いながら手を繋いでくる弟子を見て、今日何度目かも分からない溜め息をついた。




この気持ちに名前をつけるなら、そう。







【題名(タイトル)・無題】








(結局は少年を見捨てる事など出来ない)



****



(師匠、あんなに沢山のお金使ってよかったんですか)
(全部ニセ札だから気にするな)

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