集積場
□Saint Valentine's Day
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chocolate
「あと2週間、か」
僕はパンフレットを眺めながら、溜息を吐いた。
愛しい人に、日頃の想いを込めてチョコレートを送る日。
バレンタインデー。
明日から、有名なショコラティエのチョコを高菱屋の特設会場で販売するらしい。
企画担当が霧緒さんということで、彼女から手紙と共にパンフレットが届いたのだ。
「うわ、高…」
僕は一通り見て、再度溜息を吐いた。
チョコはコーヒーに合うというから、ゴドーさんにプレゼントしようと思っていたのだが。
「やっぱり手作りの方が良いかな。それともちょっと奮発して高菱屋で買った方が良いかな」
悩みは尽きない。
真宵たちに相談するわけにもいかないし、したとしても恐らく良いアドバイスは貰えないだろう。
なんといっても、毎年2人の少女からバレンタインに貰うモノはトノサマンチョコと決まっているのだ。
「でもゴドーさんのコーヒーに合う凄いチョコレートなんて、僕に作れるはず無いよな。だけど買いに行くのも恥ずかしい…」
うーうー唸って堂々巡りの考えに没頭していたから、ゴドーさんが事務所に入ってきてニヤニヤしながら僕を見つめていることに、僕は全く気づいていなかった。
1時間後、痺れを切らしたゴドーさんがコーヒーを奢るまで。
「うわっ!ゴドーさんっ!急に何ですか!っていうか、いつの間にいらしてたんですか?」
驚きのあまりひっくり返りそうになった僕は慌ててパンフレットを隠そうとして…ゴドーさんに奪われた。
「バレンタインか…アンタがくれるモンなら何だって嬉しいが、手作りなら、尚嬉しいぜコネコちゃん」
僕の問いに答えてくれないのはいつものことだから、諦めるとして…。
「は、はあ…けどソコに載ってるような凝ったモノは作れませんよ」
「そりゃあそうだろう、初心者のアンタがこんなの作れたら、ショコラティエが泣くぜ」
「ま、まあそれはそうですが」
かと言って初心者丸出しのヒドいチョコなんて、ゴドーさんには渡したくないんだよなあ。
また悶々と悩み始めた僕を見て笑い出したゴドーさんを恨めしげに見やると、彼は慌てたように言った。
「無理することは無えんだ、そんな悩むなよ、まるほどう…」
「…みっともないのができても、食べてくれますか?」
僕はゴドーさんに喜んで貰いたいのだ。
一番喜んでくれるのが手作りチョコだと判った以上、無視することはできない。
…まあ、多少意地になってる部分もあるかもしれないけど。
ゴドーさんは嬉しそうに、勿論だ、と笑った。
そして、バレンタイン当日。
僕とゴドーさんは家のソファに座り、向き合っていた。
「あんまり美味しくないですよ…きっと」
いじけたように言えば、僕の頭をポンと叩く大きな手。
「旨そうだぜ?」
彼のもう一方の手には、一粒だけチョコレート・ボンボンが置かれた白い皿。
失敗に失敗を重ね、どうにか生き残った一粒だ。
落ち込む僕に肩を竦め、ゴドーさんはチョコを口に放り込んだ。
「…アンタ、試作とかやってみたか?」
「いえ…すみません、やっぱり不味かったですよね」
「何言ってる、旨いぜ。初めて作ったとは思えねえ。オレのブレンドにも最高に合う」
ゴクリと喉を鳴らしてコーヒーを飲んだ彼を上目遣いに見ると、彼は僕を見つめていて。
「本当に…ありがとうな、まるほどう」
ゴドーさんは、ぎゅ、と僕を抱きしめ、ありがとう、ともう一度言った。
少しだけ思案して、僕は抱きしめ返し…思い切って顔を上げた。
「ゴドーさん」
「ん?」
「貴方を愛してます…誰よりも貴方を愛してる」
呆気にとられたように僕を見つめ、ややあってゴドーさんは照れたように微笑んだ。
「アンタの愛の言葉はチョコレートよりも甘いな」
力が強められる彼の腕の中で、僕は真っ赤になった。
「オレも、アンタを誰より愛してる」
彼からの、チョコレートよりも甘くとろけるような言葉に酔いしれて。
fin.