集積場

□冬の夢
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大学構内に立つ記念講堂の裏手は、ちょっとした森みたいになっていて。
その中ほどには、小さな時計塔がひっそり建っている。鐘は付いてはいるものの、中のゼンマイが壊れてでもいるのか、鳴ることはない。

僕は5月に偶然この場所を見つけてから、一人になりたい時によく訪れていた。
いつ来ても、表の喧噪が嘘みたいに静かで。
春は優しい木漏れ日に新緑の匂いが芳しく。扉に至る10段に満たないコンクリの階段は夏でもひんやり気持ちよく。秋は涼しい風に色づいた葉がとても美しいのだ。

「……寒」

そして今。
発表授業が重なって2週間ほど来れない間に、時計塔の季節は冬に移ろってしまっていた。
散り尽くした落ち葉が階段を埋めていて、まるで絨毯が敷き詰められてるみたいに見える。

「っこいしょ」

階段に腰を下ろして、周りを見渡す。
相変わらずの静けさが、拍車をかけて静かになった気がする。
静謐、というのだろうか…とても穏やかな、でもどこか張りつめたような静けさ。

何をするともなく、ぼんやりと時を過ごす。
その内に、とろとろと眠気が僕の意識を浸食してきて。
階段を上りきったところにある扉にもたれて、僕は目を閉じた。




さく、さく。
さく…。
落ち葉を踏む音がする。
誰だろう。


「……………」


何か、しゃべってる?
誰なんだろう。
優しくて、力強い。
時計塔の鐘が鳴ったら、きっと…こんな……。







すー…と本格的に寝息を立て始めた後輩を前に、神乃木は笑いをかみ殺した。
風邪をひくから起きろ、という言葉は、どうやら届かなかったようだ。

「まったく…困ったコネコちゃんだな」

この後輩が時折一人で講堂の裏手に行っているのは随分前から知っていた。
コイビトと会ってでもいるのかと思っていたが、コイビトはいない、と先日の飲み会で判明し…
じゃあ何をしに行ってるんだと興味を覚えて後をつけて来たら、時計塔の下で丸まっているのを発見したのだ。

「幸せそうだなァ」

志を同じくするこの後輩を、神乃木は日頃から気にかけていた。
勉強を教えている時に真っ直ぐ向けられる視線は小気味良く、いつもは何処か頼りなげな雰囲気を纏っているのに、模擬裁判の時に突然見せる態度は堂々としたもので…いつも魅せられるのだ。

成歩堂に出会うまでは、弁護士になったら、綾里千尋と2人で事務所を開こうと思っていた。
だが今は、この行く末楽しみな後輩も交えて3人で開きたい、と夢は膨らんでいて。

「おやすみ」

コネコも同じ夢を見ていてほしいと思いながら、自分の赤いマフラーを解き、そっと囲うようにかけてやる。

「ん……ぉやすみ、なさい」

ふにゃりとした寝言に、神乃木は笑みを浮かべた。



fin.

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