濃藍の海
□出会いに乾杯
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深夜、シャボンディ諸島。
昼間の海軍とルーキーたちの騒動を忘れたかのように、静寂に包まれた一角で。
潜水艦がざばりと浮上し、女が姿を現した。
濃藍のドレスは首をぴったりと覆い、長い袖は腕を全て隠している。
裾も長く足首にまとわりついているのに、女はそれをものともせずに潜水艦から飛び降り、マングローブの根に着地した。
女が手を軽く挙げたのを合図に潜水艦は再び海に潜り、静寂が再び辺りを覆う。
肩まである青みがかった黒髪をさばき、女は明るい繁華街に向かって歩き始めた。
女の名は、トラファルガー・ロー。
普段男装して海賊船の船長として振る舞う彼女は、陸に上がった夜、それも血が高ぶる夜は変装を解き、繁華街をドレス姿で闊歩する。
全身を覆うドレスは彼女が娼婦でないことを示しているが、憂いを帯びた美しい顔と隠されたしなやかな肢体に引きつけられる男は多い。
とはいえ、トラファルガーがその誘いにのることは滅多になく、ごくたまに、自分に匹敵するか、それ以上の懸賞首を見つけた時のみ誘いにのった。
そして行為中、ドレスに仕込んだ針で、本人が気づかない内に、翌日の昼には体調を崩す程度の傷を負わせて翌日船に戻り男の姿に戻った後、クルーとともに相手の船を襲い、容赦なくその男をバラバラに斬り刻む。
それがトラファルガーの、たまの楽しみだった。
今日は昼間のパシフィスタとの戦いから…否、その前のヒューマン・ショップでの事件から血が高ぶり、衝動に任せて夜の町に繰り出していた。
寝静まった家々を抜け、繁華街に出る最後の曲がり角。
ふらりと飛び出してきた男を避けきれず、トラファルガーはその男に思い切りぶつかった。
一言文句を言ってやろうと、勢いよく顔を上げれば。
そこには、呆気にとられた顔の――
「ユースタス屋!?」
「てめェ…トラファルガーなのか!?」
声が重なり、トラファルガーは慌てて逃げようとしたが、腕を強く掴まれ阻まれてしまった。
「女…だったのかよ?っつーか、こんな時間にそんな格好で…何処に行く?こっちは……」
途中まで訳が分からない風だったユースタスは、ふと顔をしかめた。
「まさか、てめェ…その身体使って…」
「…フフ、正体見破ったことと言い…案外察しがいいな、ユースタス屋。おまえみたいな力業はできねェから、おれは女の武器使ってんだ。何か文句あるか?」
隠し通せる気がしなくなったトラファルガーは開き直り、ぐい、とにじり寄った。
「この事隠しといてくれるんなら…物騒なこと抜きでおまえに抱かれてやるよ。どうする?」
灰色の双眸がひたと紅蓮の瞳を見つめれば、男はゆらりと目を泳がせ……グイと肩を押されて、トラファルガーは呆然とした。
これまで、こうして自分が誘って落とせなかった男はいなかったのだ。
「やめろよ…ンなこと」
「は?何言って…」
きまじめな声に、虚を突かれる。
「おれが昔世話ンなった女船長もてめェと同じようなことしてたけどよ…おれは、自分が何もできねェのが不甲斐なくてツラかった。てめェんとこのクルーだって、自分たちの船長がンなことやっててイイ気分はしねェだろ…。それに実際、てめェだって心底楽しんでる訳じゃないだろうが。そうやって…女の部分を傷つけて否定してェだけなんだろ?」
ユースタスは一息にここまで言って、息を切らして一度言葉を切った。
そしてポツリと、
「やめろよ」
と呟いた。
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