深緑の国

□milk tea
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抜けるような青空に誘われてバルコニーに出ると、指先がシン、と痺れるような寒さだった。
冷たい空気が身体に染み込んでくる。

「こんな所で、寒くはないのか?」

御剣の静かな声に、僕は振り返った。

「ああ、少しくらい大丈夫だよ」

「キミまで倒れたら、真宵くんに顔向けができん。用心しろ」

御剣は眉をしかめて言うと、マグカップを突きつけてきた。

「コーヒーは苦手だから、紅茶だが…暖まるだろう」

「うん、ありがとう」

素直に受け取ると、カップからはほんのりと甘い栗のような薫りがした。
やわらかな色合いのそれを口に含むと、体の中がじんわり暖かくなる。

「栗のような風味がするだろう?ミルクティーに合うのだよ、このブレンドは」

どこか自慢げな声に、新しいブレンドを披露するゴドーさんが脳裏に浮かんで、ちょっぴり寂しくなってしまう。
紛らわすように、カップにまた口をつけた。

「彼とてそこまで重症ではないと聴いたぞ。大事をとって入院しているだけだろう?キミがそんなに気落ちしてどうする」

「うん…わかってる」

面会に来るまでもないから来るな、と本人だけでなく主治医にまで言われたのだ。大事無い、心配するな、と。
だが、やはり寂しいし、気にかかる。
心は重くなる一方で。
なんとなく縮こまってしまうのは、寒さのせいか、心細さのせいか。

「まあ…気持ちは分からないでもない」

静かな声に顔を上げて、首を傾げた。

「真宵ちゃん、か?」

ちょっと決まり悪そうに身じろぎしてから頷く親友に、なんだか笑みを誘われる。

「うまくいってるんだ?」

からかうように訊くと、顔を赤らめて(あの御剣が、だ!)また頷く。

「専ら電話やメールばかりで、滅多に会えないからな。心配することはないと言われていても、気にかかるのだ。仕事を放り出して、あの里に行きたいという衝動に駆られることすらある」

空を見上げて嘆息した彼は、苦く笑って肩を竦めた。

「まったく、私らしくもないな。……だが、恋とはこういうモノだろう?」

それこそ思いもよらぬ言葉を御剣が口にしたものだから、僕は瞠目してしまった。

「ああ……そう、確かにそうだよな」

どうにか同意の言葉を吐き出して、友を見つめていると、居心地悪げに眉を顰め、先に戻っている、と言い残して部屋の中に入ってしまった。

冷たい空気を思い切り吸い込む。
御剣のおかげで、心が少し軽くなったのを感じた。

「好きなんだから…心配になるのは当然、か」

あの人から心配するなと言われたのに、どうしても心配してしまう自分がイヤだった。彼の期待を裏切っているような気がして。
いつの間にか、彼を心配すると同時に罪悪感も心の中で育ててしまっていたようだ。

「持つべきモノは友、だなあ」

心配する気持ちは変えようのないものだけれど、僕の心を重くしていた罪悪感の方を吹き飛ばしてくれた。
いとも簡単に。

マグにちょっぴり残っていたミルクティーを飲み干す。

御剣が悩んだ時には、絶対に側にいてやろう。
そしてミルクティーを一緒に飲むんだ。

僕は心に決め、部屋の中の御剣に笑いかける。
ちょっと訝しげにこちらを見やる御剣に、ありがとう、と言うため、僕は暖かい部屋に歩を進めた。




fin.
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