癒しの国

□rapire
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――rapire


「ゴドーさん」

いつも思うのは、コイツの声が耳に心地よいということ。
ニコリとした笑顔そのままに、入り込んでくる。鼓膜を震わせ、スルリと内側に浸透して。

「ゴドーさん?」

返事をしないオレを訝って、今度は少し不思議そうな声。
表情豊かなコイツは、下手すれば顔を見ただけで何を考えているか、判る。
だが、コイツに言わせれば
゛ゴドーさんだって判りやすいですよ?゛という事らしいが。
こんなゴーグルに覆われた、オレの感情を読み取るのは難しい筈だが本人の言う通りアイツだけには知られてしまう。

「愛ですよ、愛v」

そんな恥ずかしいセリフを言っていた。まったくふざけたオトコだ。オレの事を、気障だなんだと言うくせにアンタの方がよっぽどクサい事、言うじゃねえか。

「ゴドーさんだから、ですよ?他の人には言った事もない」

クッ!これ以上喜ばせてどうしようってんだい。
息の根を止めるつもりなら、随分と有効な手段だがな。
近付いたと思ったら、ツイとゴーグルに手を掛け、止める暇もなく外されてしまった。
不格好なゴーグルでも、なければ不便なのだ。
それに、取り替えしたくとも視界が利かないので動く事もままならない。

「オイタが過ぎるんじゃねえのかい?まるほどうさんよォ」

晒された顔を、どうやらじっと見ているらしかった。
痛い程の視線を感じる。
伸ばされた手が、オレの手に絡み無言のまま引っ張られる。

「おいおい、せっかちなコネコちゃんだぜ。誘拐でもしようってのかい?」
「違います。拉致監禁ですよ、ゴドーさん」
「随分と物騒な話じゃねえか。説明も無しとは、ツレねえなァ」
「大丈夫、行き先はゴドーさん家ですから」
「・・・・意味が判らねェんだが・・・」
「ヤダなー゛拉致監禁゛だって言ったじゃないですか」

最近は自分の家に連れて行かれる事を、そう呼ぶのか?
(そんなワケ、ねえよなァ)
引かれるまま、ヤツの後に付いて行く。こちらを慮ってか、足取りはゆっくりとしている。
――ゴーグルを返してくれた方が、楽なんじゃないか?
そう思うが、今はこの事態を楽しむ事にしたので口には出さない。
繋がれた指先が暖かく、意識が全てそこに集中する。

「寒くなりましたねー、もう秋だもんなあ」

誘拐犯が、のんびりとした声音で呟く。この状況はどう見ても゛散歩゛だろう。それも手を繋いで歩く゛親子゛

「ゴドーさん、あと少しですからねv」
「上機嫌だな、まるほどう」
「そりゃそうですよ。カップルよろしく、手を繋いで家に帰るんですからね。あ、新婚さんの方が近いか」
「アンタ――実は酔っ払ってるのかい?」
「失礼だな!素面に決まってるでしょう」
「素面でそのセリフ・・・尊敬するぜ」
「ハハ、呆れてます?」

それより、恥ずかしくないのかと心配になる。いつもなら、外で手を繋ぐなど以ての外。
こんなあからさまな言動など、考えられない。

「はい、到着〜」

いつの間に着いていたのか、気が付けば自宅前だった。
カチャリと鍵を開ける音が響き、
「どうぞ、お入り下さい」というまるほどうの声。
確かここは、オレの家だと思ったんだが・・・・
「ヤダなー、ゴドーさんさん家で間違いないですよ」
早くもボケちゃいました?
くだらねェ事を口にするオトコの頭を、ペシリと叩き中へ入る。
勝手知ったる我が家、だからな。
大体の位置は把握している。

「痛いなあ、もう。暴力反対!!」
「クッ!優しく撫でただけだぜ?弁護士さん」
「異議あり!撫でただけでこんなイイ音、しませんよ」
まるで、拉致監禁の事は忘れてしまったかのような態度だ。
「珈琲、淹れてきますね」
「・・・その前に、返して貰いたいんだがな」
「何も預かってませんよ?」
「あのな・・」
「今日一日は、僕のやりたいようにやりますから」
(――明日、覚えてろよ?)
「あ、そうそう。報復禁止!ですから。じゃないと本当に監禁しちゃいますからねv」
「・・・・怖い弁護士さんだぜ」
「アハハ、訴えられると困るな」

笑いながらキッチンに消えて行った。

ふぅ。

これはもう、何を言っても無駄のようだ。ドサリとソファに腰を下ろし、寄り掛かる。
いつもあるものが無いと、まるで裸でいるかのように心許無い。
手のひらで軽く目を覆い、ため息を吐く。思ったより疲れが溜まっていたのか、気を抜けば寝てしまいそうだ。

ふ、と香る深いアロマ。
――心地よい声音。

「枕、要りませんか?硬くてゴツゴツしてますけど」
「・・・・あまり嬉しかねえな。どうせなら抱き枕が欲しいぜ」
「いいでしょう。ゴドーさんの要望には答える、それが僕のルールだぜ!」

どこかで聞いた事のあるような言い回しだ。

「じゃあ寝ましょうか、はいベッドはこっちですよー」
今日は本当にどうしたと言うのか、妙に積極的だ。手を引かれて、寝室へと誘われる。
「着替えます?」
そう聞いてきたが、このままでいいと答える。
先に入り込んだまるほどうが、どうやら腕を広げて待構えているようだ。何だかこちらの方が、気恥ずかしいのはどうしたことか。
゛早く早く゛と急かす男に、諦めのため息を吐いてベッドへ上がる。待ってましたとばかりに抱え込まれ、とりあえず異議を申し立てる。

「゛抱き枕゛――そう言ったハズだぜ? これじゃどう見ても逆じゃないのかい」
「昔の事は忘れました。今を大事にしましょうよ、ね」
そう云いながら背中をポンポンと叩かれては、起きている方が困難だ。知らず、引き込まれて行く眠りの世界に思考さえ朧になって―――
囁く声も耳には、届かない。
目が覚めたら尋問してやるから、覚悟しときな。
そう頭の隅で考えたのが最後、後は安らかな眠りの中へ。




**************




目が覚めると、今度は逆にオレがまるほどうを抱いていた。
どうやらコネコちゃんは、寝ている間にいつもの場所へ潜り込んだらしい。

(無意識、ってのが可愛いじゃねえか)

枕元を手探りで辿ると、硬い感触がありゴーグルと知れた。
迂闊なコネコは、うっかりと定位置に据えてくれたようだ。
ニヤリと、思わず質の悪い笑みが浮かぶ。
そっと手に取り、いつもどおり着ければそこには、何とも幸せそうな表情で眠っている姿があった。
楽しい夢でも見ているのか、オレの腕の中で安心しきっているその姿はコネコそのもので。
眠りを妨げないよう緩く囲えば、擦り寄って来た。

(クッ!喉でも鳴らしそうだぜ)

尋問は先延ばしにしてやるか。
もう少し、このままで―――


end。


(rapire=拉致する)
 

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