癒しの国

□autunno
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―――autunno

「兄さんvv」

裁判所から出ようとした所へ、掛けられた声。
聞き覚えのあるその声に、見れば弟が立っていた。
少し鼻の頭を赤くして、にこにこ笑っている。
首にはマフラーを巻いて佇む姿。
さすがに中学生とは言われなくなった童顔に、浮かべられた笑み。
まるで小動物のように愛らしい。

(何しろ、オレの“コネコちゃん”だからな)

そんなことを思われているとは知らぬ人物は、黙ったままの兄に首を傾げる。
それがますます兄に(性質の悪い)笑みを浮かべさせる原因になる事に、気付かない。
不思議そうな顔で再度“兄さん?”と、呼びかけた。

「ン?なんだい、龍一」
「いや“なんだい?”じゃなくて、呼んでも応えないのは兄さんでしょ」
「クッ!細かい事は気にするな」
「だからね・・・?ハァ、まったくもう」
「“口では敵わない”そう判っているんだから、諦めな」
「はいはい、その通りです」

ぽんぽん、と頭を撫でれば諦めたようにため息を吐いた。
ふと。乗せた手のひらに思わぬ冷たさを感じ、問う。

「龍一。お前、いつからここに待ってたんだ?」
「え?何時って・・・うーん。かれこれ2時間くらい前から、かな」
「ッ!なんでこんな寒い所に、長時間待ってるんだ!!」
「そんなに寒くなかったよ?それに皆、優しい人ばかりで・・・」
「優しい人・・・?」
「うん。あのね、最初に出て来た人が“こんな寒いところで何をしているのだ!何?神乃木弁護士を待っているのか・・・ならばコレを使いたまえ”そういってマフラーを貸してくれたんだ」
「・・・ソイツはひらひらとした服を、着てやしなかったかい?」
「そう!兄さん知ってるの?」
「イヤと言うほどな」
「じゃあ、後でお礼に行くから教えてね」
「・・・それで・・?」
「?」
「後はどんなヤツが来たんだ」

そう聞けば、後から後から聞きたくもない奴らの話が出る。
“鞭を持った女の人が、暖かい飲み物をくれた”
“金髪で巻き毛の男の人が、お菓子をくれた”
“サングラスをした男の人が『車で送ってあげるから、おいで』と言った”

(最後のは、聞き捨てならねえな)
まさか警察局長まで、とは。
偶然にも、それだけの人物たちが通りかかったというのか。
きょとんとした顔で、こちらを見ている弟。
まったく――
どこにいてもどんなヤツにも、気に入られて。
兄としては些か心配なんだが。
まあ、可愛いだけのコネコちゃんじゃないのも判っているから、な。

(侮っていると、爪を立てられちまう・・・ってことさ)

ニヤリと笑い、弟――龍一の腕を取る。
“うわ!アブナイな、もう”
バランスを崩して、飛び込む形になった身体を支え、耳元に囁く。

『オレからの、ご褒美は何がイイ?』

途端、機嫌の直った龍一に苦笑しつつ重ねて問う。
「寒い中、わざわざ待っててくれた弟には望みのモノ奢っちゃうぜ。さて、何にする?」
暫く考えていた風だったが、にこりとしてこう言った。
「家まで、手を繋いで行って欲しいな」

思いもかけない願い事に、目を丸くしているとすっと繋がれた手。
ひんやりとした感触を伝え、咄嗟に握り返す。

「龍一」
「手がね?冷たくて――これはもう!兄さんに頼むしかないな、と。思ったんだ」
皆、優しい人たちばかりだったけど。
僕の手を温かく出来るのは、兄さんの大きな手しかないんだ。
なーんて、言ったりして。ちょっと照れるね/////

顔を赤くして、そう話す。
――まったく、本当に。
人を喜ばせる術に長けているというより、天然だ。
心なしか繋いだ指先も、先程より熱を持って。
どちらの手が温めたものか。

「カワイコちゃんの頼み、聞かないワケにはいかないな」
「っ!ありがとう///じゃ、遠回りして帰ろうね」
「クッ、お腹空いたって言うなよ?」
「ちょっ、子供じゃないんだから言わないよ!そんな事」
「ま、そう言う事にしといてやるさ」
「兄さん!!」

楽しい気分のまま、歩き出す。
あれほど強く感じた金木犀も、今は仄かに香りを漂わせるのみ。
ひんやりとした空気。彩を変えていく空。
青白いそれは、徐々に橙の暖かな色へと移って。

知らず目元を笑みに緩め、視線を隣へと巡らす。
しっかりと握った手を、ぶんぶんと振り回しながら文句を並べ立てている。
よくまあそれだけ言っても尽きないモンだ。
半ば呆れながら眺めていると、不意に静かになった。
どうしたのかと様子を伺えば“暖かい色だな”ぽつりと呟く声。

――ああ。

同じ事を思ったのか。
ニヤリと、口角が上がる。

「クッ。お前にしては、珍しい言い回しだな」
「あれ、知らなかった?これで結構ロマンチストなんだよ、僕」
「ロマンチストときたか」
「見縊らないで頂きたいな、神乃木荘龍弁護士」
「クッ、言うねェ」

顔を見合わせ、笑う。
余すところなく、“暖かな色”に染められながら。
橙――それは幸せの色。

end。

(autunno=秋)

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