癒しの国

□育児日記
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「そうりゅう♪」

オレの朝は、ドシリと腹に掛かる重みから始まる。起こしているのか、遊んでいるだけなのか、今一つハッキリしないのだが……。

コイツは子供のくせに、妙に早起きだ。もっとゆっくり寝ていればいいものを、朝も早くから起き出してオレを起こす。それも決まって腹の上に、乗る。゛ダイビングされないだけマシだろ?゛ふざけた男がふざけた事を言っていたが、蹴飛ばして終い。

「……………龍一」

溜め息混じりにそう呼べば、嬉しそうに゛おはよ♪゛とキスをしてくる。これも、件のふざけた男の入れ知恵だ。最初にされた時は、上に乗っかっていた龍一を落としそうになったくらい驚いた。

『政志くんがね゛朝起きたら、ちゅうするのが決まりなんだぜ?゛って言ってたの』だから、おはよ♪チュッv

なんとも嬉しそうな顔でキスをしてくるから、ダメだとは言えず…今に至る。

(まったく…甘いな、オレも)

それに、悪いのはコイツではない゛矢張政志゛という、腐れ縁の男がいけないのだ。もっともらしい顔をして、トンでもない事を龍一に吹き込む。゛だって面白いじゃん゛理由を聞いたらキッパリとそう言った。

『面白いのは、お前だけだろうが』そう言い返しても『そう♪』だなんて、ケロリと言われ疲労感が残るだけだ。

「おはようして?そうりゅうv」
「………おはよう」チュッ。

起き上がりながら、落ちないように抱き留める。ギュッとしがみついてくる温かい身体に息を吐き、共に安堵を感じる。

抱き抱えたままベッドから下り、リビングへと向かう。高くなった視界に゛キャア゛と燥ぐ声が耳をくすぐる。首に掴まる小さな手が愛しい。

「龍一に起こされちまったからな。メシにするか」
「うん!ご飯にしよ」
「……ったく。朝から元気だな、お前は」
「そうりゅうは元気じゃないの?」
「お前よりは、な」


「だって荘龍ちゃんは、お年だからvv」
「…………いつの間に入り込んだ」

朝から聞きたくもない声が、耳に届く。そして見たくもないニヤケ顔が、リビングで寛いでいる。まるで自宅かと思わせるようなリラックス具合に、先程とは違った種類の溜め息が零れた。

「龍一に入れて貰ったんだも〜ん」
「゛もん゛とか言うな、恥ずかしげもなく」
「おや、荘龍さんは朝からご機嫌ななめですか〜?」

人の神経を逆撫でするような態度と言葉。それがこの男、矢張の特徴。寝起きには一番会いたくない相手だ。どうせコイツの目的は、朝飯。タカリに来たのは間違いないだろう。他に理由など、考えもつかない。

「大人しく口を閉じる事だな」さもなくば、メシにはありつけないぜ?

龍一をソファに下ろし、ジロリと睨めば゛げ!マジかよ゛と慌てた風に腰を浮かせた。

そこに「わーいv一緒にご飯食べようね、政志くん」言いながら、ぴょんと飛び付いてきた龍一を咄嗟に受け止めながら゛お?おお、ヨロシクな゛律義にも答えを返している。

この男、龍一には甘い。いや。回りにいる者全てに、そんな傾向が見られる。わがままをあまり言わない子供を我先に甘やかそうとするのだ。時には、諍いさえ起こして。

(笑える事に、な)

思い返して、苦笑を浮かべる。寂しくないように、笑顔が曇らないように。此処を訪れてはスキンシップを図って行く。小さな子供を皆で守り、慈しむ。それが交わした約束。
違える事は、ない。

「着替えて来るからな、後で手伝ってくれよ」
「うんっv」

元気の良い返事と、笑顔。
日に日に大きくなる子供。そして深まる絆。もう龍一のいない暮らしなど、考えられないくらいだ。

(まったく…どこまで依存してるんだか)

育てているつもりが、育てられているんじゃないか。着替えながら、そんな事を考える。龍一と暮らしていなければ、知らなかった事もたくさんある。

素直な感情表現、温かなぬくもり、思いやる心。二人で摂る食事に慣れたら、外食の回数が減った。

(下手すりゃ、珈琲の量すら制限されちまう)

小さな子供の手によって。かなり手厳しい態度で、ダメ出しを食らうのだ。まさにアイツの方が゛保護者゛逆らう事は許されない。

苦笑いを浮かべながら、その時の事を思い返す。腰に手をあて、エラそうな態度をとってはいても。瞳に浮かぶのは哀願にも似た光。こちらの身を案じて、希う瞳に勝てない―――それが真実。

なくす事を知らず恐れている子供に、更なる痛みを与える事など出来ようか。

(だがまあ、珈琲の旨さをだけは教え込んでやらないと)

はてさて、それは何年後だろう。その前に我慢の限界が……来るかもしれない。

(あと5杯は―――許して貰いたいんだがな?龍一)
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