短編

□つまりは、愛しいのだよ
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あいつの、さらさら揺れる尻尾が私を誘惑する。こっちへおいで、さあ!そう言うようにちらちらと振り子運動。私の視線も右、左、右、左。きょろきょろ、きょろきょろ。いつも視線と尻尾が追いかけっこ。きっと私が鬼なのだけれど、いつまでたっても捕まえられない。手招くのはいつだってあいつなのに、私が手を伸ばすとするりとすり抜けていってしまうのもあいつ。なんて奴なんだろう。


「におーのばーか…」

「なんでじゃ」


コンクリートに向かって吐き出した言葉は風に乗ってどこか遠くへ行くはずだった。けれど、運悪く仁王の耳に吸収されてしまった。


「…別に。てかなんでいんの?」

「いや、なんとなく」

「あぁ、そう」

「そう、って…。なんかもっとないんか」

「髪の毛切りやがれ、仁王の阿呆んだら」

「なんじゃそれ」


不機嫌そうに言って仁王が隣に座る。冷たいコンクリートの上に、丸まった背中が二つ。12月の真冬に何やってるんだろう、と自分でもよく分からないけど。このひんやりとした空気が心地良かった。仁王はポケットから携帯を出してイヤホンを耳に嵌める。それを見届けてから、私は立ち上がった。


「…帰るね」


聞こえてないだろうけど一応声をかける。スカートに付いた砂埃を手で払って、ドアへ歩きだそうとしたけど、きゅっと袖を掴まれて前につんのめる。何してるんだ、と眉をひそめて振り返ると、仁王がさっきまで私が座っていた場所をぽんぽんと叩きながら、片耳のイヤホンを差し出した。


「何?」

「ようわからんけど洋楽」

「ふーん」


よいしょっと声を出して座ると、隣で仁王が呆れたように笑った。イヤホンから流れ込む題名不明の洋楽は理解不能な英語を喚き散らしていた。そっと握った仁王の掌はいつもより少し暖かかった。


つまりは、愛しいのだよ




SP thanksベニー様


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