コトノハ

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「【護衛】(ご-えい) [名詞] 身辺に付き添って守ること また その役。」



八雲は分厚い辞書を開き難しい顔をしながら調べた語彙の意味を声に出して読んだ。かれこれもう数十回は読み上げ、文章をそらんじれる程になっていたのに、何度も何度も読み続けるのだった。

眉間のシワは深まるばかり。やっと諦めたように辞書を閉じた八雲は吸い寄せられるようにベッドに身を沈め、自室の天井を見つめた。

ボスのミッション通告を受けて以来、八雲は悩みに悩み続けていた。

幼い頃から軍の英才教育を受けた彼の手にはいつも冷たい銃が握られており、目の前の人間を幾度となく赤に染めあげてきた。大人だろうが子供だろうが関係ない。殺すことに理由はない。ただ命令をこなすだけで、そこに感情は微塵もなかった。八雲自身も、間違っているとか正しいとかそんなものはなく、全ては義務。生きる=命令をこなすことだった。それが当たり前だったのだ。


しかしメリディオーネにその才をかわれ、拾われたその日から彼は少しずつ変わっていった。彼には初めて仲間ができ、その大切さを知った。任務で仲間を失うと悲しいと思えるようにもなっていた。

だが今の八雲にとって奪うことが当たり前だった「命」を「守れ」という任務はまだハードルが高すぎたのだ。



「誰か教えてくれ…。こんなか細い…俺が触れただけで折れそうじゃないか」



書類に添付された少女の写真をみながらため息をこぼした。誰かに救いを求めるように。







PiPiPiPiPi…!!

「通信?誰だ…」



重い腰を起こし通信機をみると4の数字が赤く点滅していた。こんな時に…と思いながらも、嫌々受話器をとった。



「からかいならまた今度にしてくれ、顯龍(シェンロン)」
『開口一番そりゃねぇぜ八雲。せっかく心配してやってるのによー』
「じゃぁそのニヤニヤ声をやめたらどうだ」
『ニヤニヤ?俺ニヤニヤした声出してるか?』
「あぁ。今すぐ体を穴だらけにしてやりたいくらいだ。」
『おー怖っ!まぁいい。八雲、お前に渡したいものがある。俺のラボまで来い。』
「渡したいもの?」
『あぁ。今回のミッションで絶対役立つ。10分後に会おう。じゃーな』

ガッチャン!!



乱暴に切られた電話と一方的な会話に若干イライラを募らせつつも八雲は静かに受話器を置き、上着を持って足早に顯龍のラボへ向かった。色んな憎まれ口を叩いていたが、やっぱり何でもいいから任務の手助けになるものが欲しかったのだ。










≪研究室前≫


「8だ。コードNo.4に用事があって来た。」

《コードナンバーオット 声紋認識中…認証.網膜スキャン…認証.指紋スキャン…認証.暗証番号ヲドウゾ》

相変わらず厳重だな、と八雲は思いながら出てきた液晶画面の数字のいくつかを叩いた。分厚い鉄製の扉はどんな爆薬相手だろうと吹き飛ばされない、そんな風貌をしており、周りには奇妙な目をした監視カメラがいくつもぶら下がっていて八雲を凝視していた。

それだけ重要な,コードナンバー4の研究室《ラボ》なのである。



《認証完了イタシマシタ.クアットロハナカデオマチデス.》

「了解した」


ギィィイ…

低い重金属のこすれる音と共に重い扉は開き、八雲が入った瞬間扉はバタンと閉まった。

当たりは薄暗く、照明はいくつもあるパソコンのスクリーン画面の明かりのみだった。いくつものコードが絡み合い、しおれた書類が山々を作っているその奥で、デスクチェアにだるだると座っている男、彼がコードナンバー4《quattoro クアットロ》である。名は弥顯龍(ニイ シェンロン)、中国人だ。中肉中背の年齢不詳。30才くらいに見えるが、もっと年上な気もするような外見である。無精ひげと長方形型のメガネ、白髪のボサボサ髪によれっとした白衣を纏い、八雲を見るとにやっと笑った。きちっとした身なりをしたらそれなりにもてそうな顔立ちである。




「おせーぞ」
「相変わらず酷い部屋とナリだな」
「BCが見つかったもんでそいつの調査に最近はずっとラボに缶詰め状態よーぉ。情報も少ねぇし…」
「BC…?」
「八雲、お前知らないのか?あのお嬢ちゃんが………あ…ぁ、ゆっちゃマズいのか。忘れろ忘れろ。」
「?なんだ?」
「いずれ分かるさ。お前はあのお嬢ちゃんを命がけで守ってりゃいい。」
「……」


下を向いて黙りこくった八雲をみて顯龍ははぁ〜あぁとため息をついて両手をわざとらしくあげてみせた。


「命令に不満か?いっちょ前に、お前が。」
「不満ではない。ただ…」
「不安か?」
「…」

図星か、と呟き、デスクチェアに座ったままくるりと回転し八雲に背を向けた。そして再びパソコンのキーを叩きながら八雲に話を続けた。


「考えすぎなんだよ、お前は。そう重く考えるな。」
「しかし…」
「しかしもかかしもねぇよ。お前人間だろ?このお嬢ちゃんと同じ人間だ。特殊扱いすんな。八雲、もしお前の隣で仲間がやられてたらどうする?」
「助けるに決まってるだろう」
「だろう?それと一緒だ。完璧じゃなくていい。考えりゃ、敵さんについての情報なんざこれっぽっちもねぇんだ。しかもお譲ちゃんや周りの人間には内密。このミッションはあまりに難しすぎる。ただ、ただな、目の前でお嬢ちゃんが傷ついてたら助けてやれ。その敵を倒してしまえ。そしたらお嬢ちゃんの命は守られた。ただ、それだけだよ八雲。」
「助ける…」


胸のつっかえが少し取れた気がした。護衛など今までしたことがなかったからまるで違う次元の事のように考えていたが、彼女が困っていたら助け、敵を殲滅させる。俺が仲間に,仲間が俺にそうするように。

ただ、それだけだったのだ。




「ありがとう顯龍」
「何がだ?気持ち悪い!!それはそうと、要件はこれだ」

ポイっと投げられたのは資料の塊とひとつのぬいぐるみのキーホルダーだった。

「なんだこれは。」
「旭小夏とセッテントゥリオーネに関するできるだけの資料だ。情報部からの情報からちょっとした俺の予測まで色々入ってる。エリザとロイにも渡しとけ」
「じゃなくてなんだこの熊は…槍を持って」
「槍じゃねぇフォークだ。それにただの熊じゃねぇよ。今日本で流行ってるクマの【ベアたん】だ。イタリアらしくトマトの着ぐるみ(お手製)だぜ!非売品だ。きっと喜ぶ。」
「俺は喜ばんぞ。」
「お前じゃねぇお嬢ちゃんだ阿呆!とっとと親睦を深めてプレゼントしろ。中に小型発信機と盗聴器を埋め込んである。どーだ、お前も喜んだだろ?」
「…感謝する!!」

「せーぜー嫌われねぇこったな。頑張れよ。」
「あぁ、もちろんだ。」

できるだけの笑み作った八雲はびしっと敬礼し,その場を後にした。

その閉まった扉を見つめ、顯龍は喉を鳴らし小さく笑った。








「ボース、見てたんだろう?アイツ変わったなぁ。軍にいたころとは大違いだ。ただのお嬢ちゃん相手にあれだけ悩み込むとは…」

『敬礼するとこは抜けきってないみたいだけどね。』


クスクスと笑うボスがラボのパソコンの一台に映し出された。


「だが本当に変わった。前のアイツならお嬢ちゃんを半殺しにしてメリディオーネで監禁すれば問題ないとかいいかねねぇ」
『ま、いい機会だと思うんだ。彼はまだ黒い黒い影を持っているから…』
「本当に大丈夫なのか?」
『エリザもロイもいるんだ。大丈夫だよ。君は今まで通り…』
「あぁわかってるさ。ボスこそ,次のセッテントゥリオーネとの会合、大丈夫なんだろうな?」
『もちろん。僕をあまりなめないでくれないか?』
「いうねぇ〜。それでこそ我らが大将だ。」
『それじゃぁきるね。』
「あぁ。」



ブツンと通信は切れた。

もうとっくに冷めたコーヒーに口をつけ、ひとつ伸びをしパソコンに再び向かう顯龍の背中は、面倒くさそうに,でもどこか嬉しそうだった。






02. change

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