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□きみをよぶ
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●荒船哲次
トリオン体が解除されて、ブース内の黒いクッションに体が沈んだ。
おれはボーダーの中では古株の方だが、数秒前、懐に潜り込んでトリオン器官を的確に破壊してきた女は、それより前からボーダーに籍を置いていた。
≪よっしゃあああ!!わたしの勝ちだね!哲次くん!≫
「なまえ、テメェ…」
≪とはいえ、最近は狙撃手の方だったんでしょ?≫
確かに、半年くらい前に弧月でマスタークラスになり、狙撃手に転向はした。
そうは言っても弧月で全くランク戦をしていなかった訳ではないし、2年前より確実に腕は上がっていた。
その当時、なまえとは負けても僅差か、勝つか引き分けだった。
「2本しか取れねーってのは、想定外だった。つか負ける気がそもそもなかった」
≪そりゃそーだよねー!ね、そろそろラウンジ移動しよ。のど乾いた≫
もうひと勝負、という気分にもなれなかったのでなまえの提案に乗ることにした。
2年ぶりだってのに仮想戦闘モードで再会したもんだから、ロクに話もしてないし、丁度いい。
ブースを出ると、奥の方からヘラヘラしたなまえが歩いてきた。
「おつかれさまでーす!」
「おー。つーかお前、レベル上がりすぎだろ」
「恐縮でっす!」
全力で敬礼してくるバカに、軽い苛立ちを覚えた。
「いだだだだ!?しまってる!首!!くびっ!」
「るせー。大人しくしめられてろ」
「暴力反対ー!!」
なまえの首に腕を回してしめる真似をしながらラウンジに引きずって行く。周りの連中の視線を感じるが、知らん。
「おまえ何飲む?」
「エネルゲン!」
「ねーよ」
「外の自販機にはあるよ!」
「3秒以内に他のもん言わねぇとしめる。3、2…」
「いだだだ!もうしめてるじゃん!コーラ!」
コーラと自分の分の茶を買って、抵抗をあきらめたなまえを解放して、人の少ない観葉植物の陰になっている席についた。
今いるのは割かし新しい連中らしく、おれ達の所に寄ってくるやつがいないのは好都合だ。
こいつは人がいればいるほど、弱い所を見せないようにする面倒な所がある。
「ほい。コーラ代!」
「で?いきなり行った遠征はどうだったんだよ。洗いざらい話せ」
差し出された小銭を押し返して、単刀直入に聞いた。
2年ぶりのなまえはあの頃と変わらず気の抜けた顔をしているけど、戦い方が変わった。
生まれもったトリオン量を利用した大雑把な攻撃が、急所を狙った的確なものになった。
恐らく向こうで実戦をこなすうちに無意識に身に付けたのだろう。
あっという間に手の届かないところまで行きやがって。どんな環境にいたらそうなる。辛いこともあっただろうが。
「洗いざらいと言われてもなぁ。なかなか濃い時間だったよ」
「日常的に戦いの場にでもいたか?そうでないとお前のその動きが説明できない」
「んー、そりゃまあ。あちこち戦争だったしね…」
呟くようにこぼしたなまえは、静かに目を伏せて、その仕草が妙に大人びて見えた。
おれは近界へ行ったことがない。
だから簡単に同調することも出来なければ、ありきたりな慰めの言葉をかけることもしたくない。
多少乱暴になまえの頭をなで回した。
「え!?え!?なに!?」
「よく帰ってきたな。おつかれさん」
なまえは驚いた様に目を見開いて、それからふにゃりと表情を崩して「ただいま」と笑った。
そうだ、これがおれの知ってるこいつの表情だ。
話したければいつだって聞いてやるし、助けになれるならなってやりたい。知らない顔をしたっておれは変わらず接するだけだ。
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