季節感取り入れ場所

□吸血鬼と黒猫
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「永遠に鬼ごっこなんてオイラは御免だね」
ガトリングを構えて屋根の上に狙いを定める黒猫が一匹。
「奇遇だなキッド。拙者も同じ考えだ」
屋根の上から笑みを浮かべてそれを見下ろす虎猫が一匹。
仲の良かった二匹の猫が互いを殺す為に牙を剥く。

「「今日こそお前を殺してやる」」





月の光を浴びて屋根に立つ吸血鬼を睨み付け、狩人は銀の弾丸を仕込んだガトリングを放つ。
バラバラと足元を崩していくそれを吸血鬼は華麗に避け、霧と化し一気に狩人との間合いを詰める。
 この年若い吸血鬼の目的は狩人を自身の仲間、吸血鬼にすること。
殺して仲間にするも良し。
自分の血をほんの一滴混ぜて仲間にするも良し。
方法は幾つかあるのだが、この吸血鬼は正々堂々と戦って殺して仲間にする方法を選んだ。
闇に生きる者は年数が経つ程危険を冒さなくなっていく。
彼は生前の性分が未だ色濃く残っている部類、若しくは生前の気性の激しさが吸血鬼の血に勝っているのかもしれない。
「いい加減、拙者と同族になっちまえよ」
いつの間にか随分と近くまで迫っていた吸血鬼に狩人は仕込んでいた銀製のナイフの切っ先を向ける。
「絶対にお断りだ」
狩人の漆黒の瞳が吸血鬼の深紅の瞳を真っ直ぐに見つめる。
吸血鬼には魔力があり催眠術も扱えるが、この吸血鬼が敢えてそれを使わないことを確信しているからだ。
「オイラがお前を殺す。そんで、この命も終わらせる」
仲違いして死別して、再会して戦い始めて既に百余年が経った。

互いのことは昔と変わらず手に取るように分かるのに、大事なことは未だ分かり合えないまま。





黒猫と虎猫は本物の兄弟以上に仲が良かった。
どんな時も常に行動を共にし、片時も離れなかった。
虎猫は黒猫を弟のように可愛がり、黒猫は虎猫を兄のように慕っていたが、互いが互いにそれ以上の想いも芽生えさせていた。
しかし早熟な黒猫に比べて虎猫はそういった感情に酷く疎かったため、自覚が無いまま時は流れ、ある日二匹は些細なことから喧嘩を始める。
「お前なんか嫌いだ!大っ嫌いだ!」
激昂した黒猫が勢いに任せて爪を振るう。
虎猫はどうせ避けるだろうと。
それがいつもの喧嘩だった。
ただし、その日はいつもと違った。
虎猫が黒猫の発した言葉に傷ついていたからだ。
いつものように上手く反応できず、躱せたはずの黒猫の爪が右目を貫いた。
虎猫は驚きと激痛に体勢を崩し、黒猫はショックで勢いを殺せないまま倒れ込む。
重力に従って黒猫の爪が深く深く突き刺さる。
地面を転がる直前に虎猫が上げた小さな声と黒猫の絶叫が最後の会話になった。




…はずだった。





黒猫は事切れた虎猫に寄り添い、何もかもを放棄して小さく虎猫の名前を呼び続けた。
冷たく固まった虎猫の隣に寝転び、ただ静かに眠る。
このまま虎猫の隣で死んでしまおうと考えながら。
そして数日後、黒猫は夢を視る。
「貴様を死なせてなるものか」
今となっては懐かしい声が自分に向けて放たれ、優しく頭を撫でた。
うっすら開いた瞳に映る虎猫は笑っている。
黒猫は思う。
「こんな幸せな夢を視ながら逝けるとは思わなかったな…」と。



黒猫が目覚めるとそこは二匹でよく遊んだ樹の根元だった。
いつの間に移動したんだろうかと首を傾げると同時に気付く。
寄り添っていたはずの虎猫の姿が無い。
慌てて周囲を見回しても虎猫は見当たらない。
匂いを辿ろうにも途切れているし、他の動物が近寄った形跡も無い。
喧嘩ばかりしていたからとうとう愛想を尽かされてしまったのかもしれない。
独りぼっちになってしまった黒猫は猫の集落を転々としながら虎猫を探し始める。
誰か一匹くらいは何かを知っている奴がいるかもしれないと淡い期待を胸に抱いて。
しかし何年探し歩いても有力な情報は得られない。
それどころか当時若かった猫達が次から次へと老衰で死んでいく。黒猫よりも若かったはずの猫達があっと言う間に老いていく。

おまけに先程、車に轢かれそうになった子猫を庇って代わりに牽かれたというのに何故か当たり前のように生きている。
猫達は呆然として黒猫に言う。

「お前は普通の猫じゃないのか?」

言われて初めて黒猫は気付いた。
確かに周囲の言うとおり、虎猫を探し始めた当初から自身の成長は止まっている。
普通の猫ならとうの昔に死んでいるはずの年月をあの頃の姿のまま生きている。
それに車に轢かれても無傷なんてどう考えても変だ。
…そうだ、虎猫を探し始めたあの頃から何かがおかしい。





「お前は死んだ…オイラが殺しちまったからな」

何故あの時、オイラは彼奴を探しに行ったのだろう。
彼奴は死んでしまった…この手で殺してしまったのに。
まるで“彼奴が生きているのが当たり前”だと思っていた。

「お前がそう思わせてたんだろう…マタタビ?」

闇に向かって声を掛ける。
いや、闇の中に“何か”がいる。
周囲を覆っていた霧が少しずつ黒猫の正面に集まっていき、輪郭を作り、そして…。

「久し振りだな…キッド」

昔と変わらない笑みを浮かべて虎猫が其処に立っていた。




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