季節感取り入れ場所

□灯らない電灯
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ある日、妖達が棲まう世界に一つの電灯が仲間入りした。

元はただの電灯だったが長い年月を過ごして何時しか魂を宿していた憑神だ。

生まれて間もないからか自由に動くことは出来ず、自分の体から抜け出してその周りをふわふわと漂うことしか出来ない電灯の精。

自分を使うどころか箱から出さぬまま捨てた人間を悲しみながら恨みながら生きていたが、偶然其れを見つけた化け猫がこんな場所では不憫だからと自身の家へ持って帰った。

この化け猫の潰れた右目は見えざるものを視ることが出来、まだ力の弱い電灯の精の姿は化け猫以外にはハッキリ見ることが適わなかった。

化け猫は妖の町で店を開いており、電灯は拾われたその日から化け猫の机に飾られた。
環境が悪かったせいか何処かが壊れていたからか、電灯は光を灯せなくなっていたが化け猫は「其れも味さ」と電灯の精に笑い掛けた。

頻りに人を呪いたがる電灯の精に化け猫は滔々と、思いは力を引き寄せると説き伏せた。

良し思いは良し方向へ、悪し思いは悪し方向へ己を導く…が化け猫の口癖だった。



電灯が店に来て一月程経った頃、一匹の猫鬼がやって来た。
猫鬼は化け猫の義弟のようなモノで、彼方此方で騒ぎを起こしては普段店から離れない化け猫の元へ報告がてら遊びに来ていた。

そんな猫鬼が会話の途中、ふと机に目をやったのを化け猫は珍しく思った。
電灯の精は珍しい来客に興味津々でふわふわと猫鬼の周りを飛び回っていたが、猫鬼は生まれ付き目が悪く、力の弱いモノはからっきし視えなかったからだ。
そして帰り際、猫鬼は化け猫に「あの電灯…」と声を掛けた。



「お前さんのことを綺麗だと褒めていたぞ」と化け猫が告げると電灯の精は泣いて喜んだ。
「アタイをそう言ってくれたのはあの方が初めてだ」と。
そして、電灯の精が「あの方の元へ行ってみたい」と頼み込むと化け猫は「そうかいそうかい」と嬉しそうに電灯を撫でた。
電灯は猫鬼に最初で最後の恋をした。



明くる日、化け猫は電灯の精を連れて一人の人の子に会いに行く。
「この電灯を猫鬼にも見えて自由に動ける姿にしてくれないか?」と話すと、人の子は困ったように唸って口を開く。
「これはまだ力が弱いから僕にもよくは見えないね。何かに力を貰わないと猫鬼にまで見えるようには出来ないよ」と。
「じゃあ、此で足りるだろう」
化け猫は長く延ばしていた自身の髪を肩の辺りで掴み、迷い無く切り落とした。
電灯の精が感謝と謝罪の言葉を告げると「これもお前を拾った俺の定めよ」と一言応えて、化け猫は猫鬼の元へ向かうべく空を駆けた。




いつものように町を歩いていた猫鬼の目の前に、突如空から降ってきた化け猫が「此をお前に預ける。大切にしろ」と一言言って帰って行った。
滅多に店から離れない化け猫が急に現れ、しかも随分と短くなった髪に目をまん丸くした猫鬼の手の中にはぼんやり光る玻璃玉が一つ。

人の子によって猫鬼にも見える玻璃の体を手に入れた電灯の精は、昼は猫鬼と共に外へ出て光を溜め込み、夜は枕元でぼんやりと輝いた。

猫鬼は玻璃玉があの電灯だとは気付かない。
電灯の力と化け猫の力が混ざり合ってしまったから元の匂いが分からないのだ。
それでも電灯の精は猫鬼の傍にいられるだけで満足だった。



玻璃玉が猫鬼に預けられて数年経った頃、それは猫鬼が町中を歩いている時に起こった。

瞳を血走らせた数匹の犬鬼が無防備だった猫鬼に襲い掛かる。
犬鬼達は以前猫鬼に喧嘩を売って酷い返り討ちにあい、復讐の機会を窺っていたモノ達だった。

気付いた猫鬼に一匹の犬鬼が噛みつこうとしたその瞬間、猫鬼の懐に仕舞われていた玻璃玉が目も眩む明るさで輝いた。
一気に標的を見失い、痛む目を押さえて苦しむ犬鬼達を猫鬼が容赦なく叩き伏せていく。
玻璃玉の眩い光は猫鬼に害意あるモノにしか効かなかった。

犬鬼達を完膚無きまでに叩きのめした猫鬼は懐から玻璃玉を取り出した。
溜め込んでいた総ての力を使い果たしたせいか、艶やかだった玻璃玉には細かい皹が幾重にも入っている。

「オイラを助けてくれたのか?」
「ありがとう」と微笑まれ、一度だけ満足そうにポゥッと光った玻璃玉は猫鬼の手の中でカシャンと音を立てて砕け散った。





それと同じ頃、化け猫の元に置かれていた電灯に初めて淡く光が灯った。
命が尽きたと思った瞬間、化け猫の店に立っていた電灯の精は自分の体が玻璃玉でないことと、電灯の体が自由に動くことに気が付き目を瞬かせた。

「言っただろう?思いは力になるのさ」

化け猫はそんな電灯を引き連れて「今度はどうやってお前を押し付けようか?」と、楽しく会話を始めるのだった。




おわり。



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