頂き物小説

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オイラと夏梅は今、公園のベンチでだべっている。

8月15日の午後12時半頃。
今日は天気がいい。雲ひとつない晴天。病気になってしまいそうなほど眩しい日差しが容赦なく降り注ぐ。うるさく鳴きわめく蝉の声が暑さをさらにひどくしているように思う。

「あっちいな」

隣の夏梅も声をあげる。膝の上にどこからか来た黒猫を乗せて、その頭を撫でながら。

「暑いなら移動しようぜ、何もこんなところでだべらなくたっていいじゃねえか」
「行く当てだってないだろうが」
「そうだけどよ〜」

汗がオイラと夏梅の頬を伝っていく。
暑いならその猫を退けろ、とは言わない。真っ黒に姿がどことなく親近感を感じる。夏梅の膝の上で気持ち良さそうにしている猫に、嬉しいような悔しいような変な気持ちになった。そのあとにそんな自分に腹立たしいような恥ずかしいような気分になる。

「でもまあ、夏は嫌いだな」

そんなオイラに気づかずに夏梅は言う。
独り言のように小さな声で呟いたその言葉。何故か違和感を感じた。

「夏梅、」
「あっ」

黒猫が夏梅の膝の上から飛び降りて、軽やかな足取りで駆けていく。
夏梅も素早く立ち上がり、走り出す。オイラも立ち上がって夏梅を追いかけた。
猫は横断歩道を渡っていく。歩行者信号が点滅を始めた。
ざわりと嫌な予感が胸を掠めた。

「夏梅!!」

オイラは叫んで走り出す。だけど夏梅は既に横断歩道の真ん中にいて、
信号は赤に変わっていた。

バッと通ったトラックが、夏梅を引き摺って鳴き叫ぶ。
血飛沫の色、夏梅の香り、混ざりあって噎せ返る。

「なつ、め」

真っ赤に染まった姿。もうぴくりとも動かない。

「うそだ、嘘だろ……!?夏梅、夏梅!!」

ざわざわ集まり始める人の影。相変わらず騒ぐ蝉の声。

『嘘じゃねーぞ』

騒音の中ではっきり聞こえた声。
道路の向こう側に、陽炎のように揺らめきながら佇む影。それは紛れもない、オイラの顔をした何か。笑いながらオイラを見ていた。
騒がしい蝉の声がひどくなる。目が眩んで、視界が白く染まっていく。


「ッ!!」

目を覚ましたオイラは飛び起きた。自分の部屋のベッドの上だった。
携帯が示す時間は、8月14日の午前12時頃。

「……夢、だったのか?」

嫌にリアルな夢だった。そう、オイラが猫だった頃の夢のように。

「…いいや」

ごちゃごちゃ考えるのはよそう。さっさと寝て忘れてしまおう。もうあんな夢、思い出したくもなかった。
それでもしばらくの間、煩い蝉の声が耳から離れなかった。


次の日の午後12時半頃。オイラと夏梅は公園のベンチでだべっている。
今日は天気がいい。雲ひとつない晴天。病気になってしまいそうなほど眩しい日差しが容赦なく降り注ぐ。うるさく鳴きわめく蝉の声が暑さをさらにひどくしているように思う。

既視感に襲われた。確か昨日の夜、こんな夢を見たはずだ。
表情に出さないように否定する。あれはただの夢だ。忘れろ、忘れろ、忘れろ…。

「あっちいな」

隣の夏梅が声をあげる。膝の上にどこからか来た黒猫を乗せて、その頭を撫でながら。

なぜか、どきりとした。

「暑いなら移動しようぜ、何もこんなところでだべらなくたっていいじゃねえか」
「行く当てだってないだろうが」
「…そうだけどよ」
「でもまあ、夏は嫌いだな」

全く同じ会話。まさか、そんなはずは。
夏梅の膝の上の猫が飛び出して走っていく。

「あっ」

夏梅も立ち上がって、駆け出そうとした。
オイラはとっさに夏梅の腕を掴む。

「玄人?」
「…もう、今日は帰ろうぜ」
「は?」
「あっちいし、やることもねぇし、帰ろう」
「……わかったよ」

夏梅は不承不承そうに、それでもうなずいた。ほっと息を吐きたくなるのをどうにかこらえた。

二人で並んで帰る、帰り道。
道を抜けて大通りに出たとき、違和感に気がついた。
周りの人が皆、上を見上げ口を開けていた。

「―!!」

落下してきた鉄柱が、夏梅を貫いて突き刺さる。
つんざく悲鳴。どこかの家の風鈴の音。木々の隙間で空回りする。

『夢じゃないぜ』

またあの揺らめく陽炎が、わざとらしくオイラに言った。オイラは声も出せないまま、陽炎を見て、夏梅を見た。
夏梅は動かない。血がどんどん広がっていく。
なぜかその血の気の引いた顔が、笑っているような気がした。そしてまた白く明転していく世界。


その後もオイラは何度も繰り返した。
目を覚ませば14日の午前12時頃。そして15日の午後12時半頃になれば、夏梅が死ぬ。その日出掛けなくても、別の場所に行っても、何をしても。そしてあの陽炎がオイラを笑う。そしてまた気がつけば、14日に戻っている。
嘘でも夢でもない、本当の事。
そうやって繰り返し続けて、もう何十年もたった。

本当はもう、とっくのとうに気がついていた。このループから抜け出して、夏梅を助ける方法。
繰り返した夏の日の向こう。


「でもまあ、夏は嫌いだな」

猫を撫でながら夏梅は小さく、ふてぶてしく呟いた。
もう何度も聞いたその台詞に、オイラは特に何も返さない。

「あっ」

黒猫が夏梅の膝の上から飛び降りて、軽やかな足取りで駆けていく。
夏梅も素早く立ち上がり、走り出す。オイラも立ち上がって夏梅を追いかけた。
猫は横断歩道を渡っていく。歩行者信号が点滅を始めた。
その瞬間。

オイラは腕を伸ばして、夏梅を押し退けた。そのままオイラは、信号が赤に変わった横断歩道に身を投げた。
瞬間、トラックにぶち当たる。血飛沫の色、夏梅の瞳、軋む体に乱反射する。
ゆっくりと宙を舞いながら、オイラはあの陽炎を見た。

「ざまあみろよ」

文句ありげな顔をした奴に、オイラは笑って言ってやった。

実によくある夏の日の事。
そんな何かがここで終わった。


「ッ!!」

跳ね起きた少年は辺りを見渡した。かちりかちりと時計の針の音が響く。

「また…またダメだった……」

ベッドの上で、夏梅はぽつりと呟いた。頬を一筋、涙が伝っていく。
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