頂き物小説
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「どういうことだ…!?」
一人の少年が呟いた。
少年は確かにあの時誓った。どうやっても彼を救えないのなら、自分が身代わりになる、と。
だけど現実は、また少年の目の前で、彼はは血まみれで倒れている。陽炎がまた笑う。
「何でっ……!」
「どうしてこんなことに……」
困り果てたように小さな少年は呟いた。
彼は少し離れた横断歩道の二人の少年を見つめていた。
黒髪の彼は悔しそうに歯を食い縛り、茶髪の彼は血に濡れて道路に倒れている。
「こんなはずじゃなかったのに」
少年は泣き出しそうに呟く。
繰り返した夏に向こうは訪れず、いつまでも二人は繰り返す。
傍観者の少年は何もできずに見守った。
それが崩れたのはほんの些細なこと。それでも決定的なこと。
オイラがそいつに気がついたのは偶然だった。目が眩む直前、野次馬の中に一人、泣き出しそうな顔をした子供を見つけた。頭にバンダナを巻いて髪型を隠している、一見普通そうな子。
眩んですぐにわからなくなったけど、なぜかそれが印象的で、心に残った。
そしてその次もその次も、その子供はいた。横断歩道、大通り、他の場所でも彼はいた。
だから、もう何回目かもわからないとある回に、夏梅がまた死んでしまったあとに、オイラは夏梅にも陽炎にも目もくれず走った。
子供が大きく目を見開く。直感的に、こいつは何かを知っていると思った。
「おいっ…」
オイラは子供に怒鳴るように声をかけた。子供は肩をびくりと揺らし、涙目でオイラを見る。
「お前…何か知ってるだろう?」
そう言うと子供は遂に泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝ってんじゃねえよ、何か知ってるなら教えろ!オイラには時間がないんだ、早くしないと―」
「知ってるよ、あなた達がループしていることも、その原因も」
ぴたりと動きが止まる。
「ごめんなさい、ボクが悪いんだ」
子供ははっきりとそう言った。
「どういう事だ…?」
「しばらくはループしない。だから全部説明するよ」
子供は涙をぬぐいながらそう言った。
「ボクは物を作るのが得意なんだ。信じてもらえないかもしれないけど、発明とかたくさんやってるんだ。それでボク、思ったんだ。人の願いを叶える装置を作ったら、世界は平和になるんじゃないかって。だからそんな装置を作ったんだよ」
子供はぽつぽつと語る。普通の人が聞いたらとても信じられないような突拍子のない話だったけど、オイラには何となく覚えのある話だった。
「それとこれの何が関係ある?」
「大有りなんだよ。この装置の近くで事故が起きたんだ。それで一人が死んだ。もう一人はそれが信じられなくて、それで強く思ったんだ。『これは嘘だ、夢だ。こんなことはなかったんだ』って。でも嘘でも夢でもない、本当の事だった。すると彼は願ったんだ。『やり直したい、なかったことにしたい』って」
「…………」
「あとは…わかるよね」
「それがオイラ達だってのか?」
「うん」
奇妙に静まり返った空間。野次馬の声も蝉の声も聞こえない。時間が止まっているようだった。
「装置を止めれば繰り返さなくてすむ。でもそうしたら、どちらかが死んじゃう。ボク、こんなつもりじゃなかったんだ。ボク、どうしたら…」
「簡単じゃねえか」
子供が顔をあげる。
「次は装置を止めろ」
「そんなっ!」
「そんなじゃねえよ、オイラはもう繰り返したくない。夏梅を死なせたくない」
「でも、そしたら…」
「死ぬって決まった訳じゃねえだろ」
「でもきっと死んじゃうよ!初めに死んだのだってあなただったんだよ!?」
「……は?」
子供はまっすぐにオイラを見ながら言う。
「初めに黒猫を追いかけて跳ねられたのは、あなたなんだよ。それであの茶髪の人が、あなたを助けようとして……」
言葉が出ない。夏梅がひどい死に方をしたときよりもずっと、ずっと言葉が出てこなかった。
「だからきっと、装置を止めて死んじゃうのは」
「くそっ」
「え?」
「くそっくそっ!馬鹿野郎、大馬鹿野郎!!」
子供がぽかんとするのも構わず叫ぶ。
「こんなときに兄貴風吹かしやがって、馬鹿野郎!!」
にやりと笑うあいつの顔が浮かぶ。夏梅、絶対許さねえ。絶対死なせねえ。
「おいお前、余計にもう繰り返させんな。次は絶対にあいつを助けて、それで殴ってやるんだ。装置を止めろ、いいな?」
「…………」
子供はしばらくオイラを見つめたあと、ゆっくりと笑った。
「なんかあなたなら奇跡を起こせる気がしてきたよ」
オイラはにっと笑って見せた。
「オイラ、玄人ってんだ。お前は?」
「ボクは琥太郎」
名前を聞いて確信した。
こいつは多分、コタローの生まれ変わりだろう。
コタローも生まれ変わっていたのか。相変わらずぶっとんだガキのようだ。
「琥太郎、頼む。もう一回だけ戻してくれ。これが最後だ」
「戻すのは玄人くんだよ。…がんばって」
「また会えたら会おうぜ」
「約束だよ!」
そしてまた世界は眩んでいった。
「でもまあ、夏は嫌いだな」
猫を撫でながら夏梅は小さく、ふてぶてしく呟いた。
もう覚えるほど聞いたその台詞。もう聞くことはきっとない。
「オイラも嫌いだ」
初めて返事をした。
「え?」
夏梅が目を丸くする。
その瞬間、黒猫はするりと逃げ出した。
「あっ」
黒猫は夏梅の膝の上から飛び降りて、軽やかな足取りで駆けていく。
夏梅も素早く立ち上がり、走り出す。オイラも立ち上がって夏梅を追いかけた。
猫は横断歩道を渡っていく。歩行者信号が点滅を始めた。
。
猫を追いかけて夏梅は、信号が赤に変わった横断歩道の真ん中まで行ってしまった。
夏梅に迫るトラック。オイラは確かに夏梅が笑っているのを見た。
まだ間に合う。
オイラは腕を伸ばして、夏梅を突き飛ばした。そのままの勢いでオイラも安全な場所まで移動する、そんな作戦だった。
だけど。
瞬間、トラックにぶち当たった。
血飛沫の色、夏梅の瞳、軋む体に乱反射する。
ゆっくりと宙を舞いながら、オイラはあの陽炎を探した。あいつはもうどこにもいない。
ああ、もうこれで繰り返さなくてすむ。
ああ、でも。
「またダメだった…」
体が地面に叩きつけられる。夏梅の声が聞こえる。だけどオイラの意識はそこで途切れた。
気がつくとオイラは真っ暗闇の中にいた。寒くて暗くて、怖い。
がむしゃらに歩き回るも何も見えず、少しずつ、でも確実に体力が削られていく。
その時突然声を聞いた。
『おいこら、どこ向かって歩いてんだ』
とても懐かしい声。目を凝らせば、暗闇に同化するような真っ黒な猫がこちらを見ていた。
「…キッド?」
『おうよ』
黒猫はにやりと笑みを浮かべる。
『お前が行くのはこっちだろ。ほら、未来のマタタビが呼んでる』
「夏梅が?聞こえねーけど」
『オイラ、耳はいいからな。ほらこっちだ』
気を抜けば見失いそうな黒猫の案内で暗闇を歩く。疑う理由なんてなかった。
『ほら、聞こえてきただろ?』
「…ほんとだ」
夏梅の声が微かに聞こえ始めた。
『もう少しだ』
キッドの声に安心しながらオイラは歩く。
オイラはゆっくり目を開けた。身体中が痛い。
「玄人…玄人!?」
夏梅の声。ゆっくり声がした方を向けば、突然夏梅に抱き締められた。
「いでででででっちょっ馬鹿何しやがる!!」
「よかった、玄人、よかった……」
肩が微かに震えている。こいつ、泣いてるんじゃねえか?
オイラは夏梅をしげしげと眺め、そして頭を拳骨で殴った。
「痛っ何しやがる!」
「ばーか、てめえのせいで繰り返すはめになったんだ、大人しく殴られやがれ」
夏梅はぴたりと動きを止める。見開いた、揺れる目でオイラを見る。
「おま、何で」
「オイラも繰り返したんだ」
「…………」
夏梅は絶句してオイラをただ見つめる。言葉が出てこないみたいだ。
「何余計なことしてんだ、オイラの為に繰り返すとか」
「おっお前だってオレの為に繰り返したりして」
「当たり前だろ!!」
叫んだ瞬間体が痛んだ。思わず呻くと大丈夫かと夏梅が呆れたような声で言う。それでもオイラを触る手は優しかった。
「…もう目を覚まさないかと思った」
ぽつりと夏梅は呟いた。
「そんなにひどかったのか?」
「もう少し怪我した場所がずれてたら即死だとよ」
「あの時みたいにか」
「本当によかった…もうあんな思いは御免だ」
「オイラもだ」
「でもどうしてループしなくなったんだろう?」
オイラは夏梅をじっと見る。
「まあいいじゃねえか、もう繰り返さなくて済むんだ」
オイラは結局、真実を言うのをやめた。
その時突然聞こえた、小さな小さなノックの音。オイラと夏梅は顔を見合わせた。
その音は弱々しく、未弥がこんなノックをするとは思えない。
「どうぞ」
オイラが言うと扉はまた恐る恐ると臆病に開いた。
ひょこりとこちらを覗き込んだのは、小さな子供。
「誰だ?」
きょとんとした顔つきで夏梅が言う。オイラはそいつを知っていた。
「なんでここがわかったんだ?琥太郎」
「名前、聞いてたから……」
琥太郎は部屋の中にそっと入ってきた。オイラと夏梅の顔を交互に見たあと、オイラに抱きついてきた。
「だーっ何しやがるいてーっつの!!」
「ごめん、ごめんなさい〜〜〜っ!!」
「わかったから離れろって」
なんか夏梅の視線が痛いからマジで離れてほしい。
「もういいっての、お前だってやりたくてやったわけじゃねーだろ?」
顔をぐいぐい押して離しながらそう言う。こんなやり取りも懐かしい。
「…うん」
琥太郎はようやくオイラから離れた。
「ありがとう、玄人くん。あと……」
「こいつは夏梅だ」
「夏梅くん」
話がわかってない夏梅は目を白黒させながらおう、と呟いた。
「じゃあボク、帰るね……」
琥太郎はオイラたちに背を向けて歩き出す。扉の前で一度立ち止まり、オイラを見ながら琥太郎は言った。
「あの装置…壊したよ」
「壊しちまったのか?」
「うん」
ろくなものじゃなかったからさ、と言って琥太郎は笑った。それを見てああもうこいつは大丈夫だと思った。
それだけ言って琥太郎は帰っていった。
「あいつ誰だ?装置って?」
夏梅の目が鋭い。
「ちょっとした腐れ縁みたいなもん。お前は知らなくていいの」
オイラはそうとだけ言って、そうするつもりはなかったのに大きく息をついてしまった。
「痛むのか?」
「…まあな」
夏梅の目が急に鋭さを失った。わかりやすいやつだなこいつ。
でもオイラに余裕がないのも本当だ。
「わり、ちょっと寝る」
「ああ、休め」
目を閉じる前に夏梅の顔をまじまじと見つめる。
「無事でよかった」
そう言うと夏梅は顔を一気に赤くした。
「い、いいからさっさと寝ろ!」
「はいはい」
オイラは今度こそ目を閉じた。静寂の中、とろとろと眠りに入ろうとしたとき。
「……ありがとな、玄人」
夏梅の声が聞こえた。オイラがもう寝たと思ってるんだろう。馬鹿夏梅。
繰り返した夏の向こうに待っていたのは、
あいつのあたたかい声だった。
オイラはそのままゆっくりと、眠りの世界に入っていった。
あとがきみたいな何か
とりあえずごめんなさい。
カゲロウデイズをベースに、カミサマネジマキの影響もちょっと受けて妄想しました。
装置に二人とも助かるように祈ればよかったんじゃないかとか突っ込みどころはたくさんありますが広い心でスルーしてくだされば嬉しいです。泣きます。
言及されたら別の意味で泣きます。
玄人くんにはクロちゃんのような体の強さはないけど、意思の強さは受け継いでるはずだろうから奇跡を起こすと思います。
しかし思いの外gdgdになった。いつものことですが。
すみませんでした。
泣きました。
感動して泣きました。
俺が書く話より断然こっちの方が良い!!
こういう風に書けるようになりたい!!
今回初登場の琥太郎は本文の通りコタローが転生した姿です。
近々設定も追加しなければ。
伽梨様本当にありがとうございました!!
次回作も楽しみにしております。←