それいけSSS

多分ゲン孫
◆no title 



轟鬼の声にノイズが入るようになったのはいつからか。

いつも当たり前のように聞いていた声に所々ザーッと耳障りな雑音が混じり、良く聞こえないことが多くなった。

お説教の声、呆れる声、呼び止める声、全部にノイズが混じる。

しかもそれは少しずつ拡大しているようで、日に日にノイズは長く大きくなっていった。

最初は何かの病気かとも思ったのだがどうやらそうでは無いらしい。

だって他の人の声はちゃんと聞こえるのだ。

聞き取りにくいのは唯一、轟鬼ゲンマの声だけ。

遂には祠堂と呼び止められた声さえ聞き取りにくくなり始め、僕は絶望の淵に立ってしまった。

何で絶望の淵か。

…だって僕は轟鬼ゲンマが好きなのだ。
よく考えてみれば何か悔しい気もするが、立ち振る舞い(古よりは除いて)ある程度憧れでもあるし僕にとって隠し事がきかない真の理解者でもある。

まぁ…どう言ってしまっても気になるものは気になるし、一度好きだと思ってしまえば好きなのだ。

だから好きな人の声が聞こえないのは結構なダメージを受ける。

些細なことでも声が聞きたいと思うのが人間なのだ。

「何で轟鬼の声が聞こえないんですし?」

考えても原因が見付からない。




2015/07/08(Wed) 04:37  コメント(0)

◆人形 


この世界には『ドール』と呼ばれる生きた人形がいる。

『ドール』は『ドール』本人が主人と定めた相手に仕え、主人が死ぬ時には後を追って機能を停止してしまうくらい忠実な奴らだ。
喜怒哀楽も表情も豊かでちゃんと人権も保護されている。
主人の命を第一に考えつつ自身の考えでもちゃんと動く人為らざる人。

ただし、僕の『ドール』はちょっとおかしい。

「祠堂孫六」

先ず僕の名前をフルネームで呼び、尚且つ主人である僕に対して一切の敬語は無い。

「貴様、今日も遅刻する気か?」

第二に主人を貴様呼ばわりする。
しかも『ドール』の方が偉そう。

「起きろ! 祠堂孫六!!」

「うるさいですしー!!」

最後に、この『ドール』は煩い喧しい声がデカい。



2015/06/01(Mon) 04:26  コメント(0)

◆抱き締める 



「抱き締めて、抱き締めて、抱き締めて殺して」

服の裾を握り締めながら、そう言って祠堂が泣く。

『お前は何を怖がっている?』

俺が訊ねると祠堂は余計に泣き出してしまった。

「全部が怖い! 何もかもが怖い! 本当はお前だって怖いんですし!!」

そう叫んで祠堂は耳を瞳を心を塞ぐ。

お前に頼られるのは嬉しい。
嬉しいが…。

慈しみを込めて抱き締めても結果的にお前を殺してしまうのに。

泣きたいのは俺の方だ。



2015/05/26(Tue) 04:43  コメント(0)

◆ファーストキス 


偶々、本当に偶然だが池の中に祠堂孫六がいた。
何故池の中に入っているのか不思議でしょうがない。

少しずつ近付き、学園内の池で何をしている、と注意する気だったのだが俺の姿を見付けた奴は馬鹿の一つ覚えのように『助けて』としか言わない。

プライドの高い奴が『助けて』など、また何か企んでいるのかとも思ったが奴の顔色は少しずつ悪くなっているような気がした。
バシャバシャと跳ねる水飛沫が少しずつ勢いを無くしていく。

そういえば体力の無い奴だったと考えた瞬間、奴の姿が視界から消えた。

『まさか溺れているのか!?』

その結論に至ると同時に地を駆け池へ飛び込んだ。

仮に奴が何かを企んでいるとしても未然に阻止してしまえばいいのだ。
あれが演技だったら見事に騙されたと笑ってやろう。

しかし今奴が本当に溺れているのだとしたら事態は一刻を争う。
そしてここで動かなければ俺は絶対に後悔するのだ。



『祠堂!』

視界の隅に沈み行く祠堂の姿を捉えた。
苦悶の表情を浮かべながら片手を口に添え、もう片方を弱く天に伸ばしている。
演技ではない。
本当に溺れて、死に掛けている。

『祠堂!』

声が泡になって上に昇る。

しかしそのお陰で祠堂が此方の存在に気付いたようだ。

苦悶の顔が、泣き出しそうなそれに変わる。

『轟鬼…』

『祠堂!?』

助けが来たことに安心して油断したのか、祠堂の口から大量の泡が溢れ出る。
元々体力の無い奴だから、限界だったのかもしれない。

目を見開き喉を押さえて震えると、静かに俺を見つめながらゆっくりと瞳を閉じる。
先程まで強張っていた全身から力が抜け、暗い水底に向かって体が傾いた。

落ち行くその腕を掴んで遙かな水面を目指すが着衣の状態では水の抵抗が強く、思うように進まない。

このままでは、祠堂が本当に死んでしまう。

俺は力の抜けた体を抱き寄せ、そっと空気を送り込んだ。





「ゴホッ…僕の、ファーストキスが…」

「…命が助かっただけ有り難いと思え馬鹿者」




つい先日はキスの日だったので。


2015/05/25(Mon) 10:24  コメント(0)

◆no title 

「緑茶と紅茶、どっちがいいですし?」

そう訊ねてくる祠堂の顔は年相応のもので、俺は緑茶を選択した。

鼻歌交じりに準備に勤しむ祠堂の指先が洗練された動きを始める。

いつもは布に隠されている白い手が、
いつもはカードを巧みに操る細い指が、
どうしてか艶めかしく見えてしまって。

「? 何ですし?」

指先をやんわり握ればキョトンとした顔の祠堂。

そのまま恭しく口付ければ、その顔は真っ赤に染まり。

「あぁ、いつもの祠堂孫六だな」

「お前…意味が分からないですし!?」

指先だけが先走って大人になっているのでは、と焦ってしまったのだ。

2015/05/24(Sun) 06:50  コメント(0)

◆no title 


パッと散るなんて可愛い表現じゃ無い。
ドロリと、まるで蝋が溶けるように僕の翼は無くなった。
目指した天は遠離り、奈落の底へ真っ逆さま。
遂に翼の消失となれば僕は天の使いでも悪魔の端くれでもいられない。
これからは何になるんだろうか。

神様、神様。
一度でいいから貴方に会ってみたかった。
さようなら。


堕ち逝く僕の腕を見知った誰かが掴んだような気がした。




「…夢、ですし?」



僕の腕を掴んだのは、いつも口喧しく僕へ忠告していた奴だった。


「轟鬼ゲンマ…遂に夢にまで出て来たですし…!?」



2015/05/23(Sat) 14:06  コメント(0)

◆no title 


随分と光が眩しく激しくなってきた。
だけど神の姿はまだ見えない。
万能と言うくらいなんだから自分から出てきたらいいじゃないかと思いながら、それでも僕は天を昇る。

神様、神様、何処にいるのですし?
僕は貴方に会いに来ました。
誰も見たことが無い貴方の顔をわざわざ拝みに来たですし。
そろそろ出て来てもいいんじゃないですし?

神への愛なんて無いけれど。
貴方のことを考えると苦しくなるんですし。

「ねぇ! 神様っ!!」

叫んだ瞬間、僕の翼は溶け落ちた。



2015/05/23(Sat) 13:58  コメント(0)

◆no title 


昔は純白だったこの翼は今では黒が混じった斑色。
見たことのない神への忠誠心なんて僕には無いのだ。
周りはそれを半端者と言うが僕は僕でしかないのだから仕方ない。
神への愛が無い僕の翼から純白は失われ、穢れの漆黒が現れ始めた。
翼が翼であるなら別に構わない。
ちゃんと僕の意思で動いて、優雅に空を舞えればそれでいいのだ。
周りは色々言うけれど、僕は翼を広げて飛び立った。
あの太陽は眩いばかりで僕の傍へは降りて来ない。
神が、あの光の中にいるという。
会ったこともない神様とやらに一言文句を言ってやるために、僕は一人天を昇る。



2015/05/23(Sat) 13:54  コメント(0)

◆桜の枝 


今年も見事に咲き誇った自宅の桜。
満開の所を一枝手折り、教室に飾ろうかとゲンマは教室に向かっていた。

学園内に入って暫く歩いていた所、見覚えのある姿を見付けた。
生徒会長、祠堂孫六。
また何か悪さを企んでいるのかとも思ったが流石にこんな早朝からは…と思い直す。
するとこちらの存在に気付いた祠堂がわざわざ近付いてくる。
いつもは逃げていくのに珍しいことだ。

「お前に桜なんて珍しい組み合わせですし」

成る程、それが言いたかったのか。
ニヤニヤと笑う祠堂を正面から見てみる。
色素の薄い肌、艶やかな髪、血色の良い頬と唇、整った顔立ちに吸い込まれそうな青い瞳。

(春、という感じだな)

見た目と雰囲気だけなら男にしても美人と表現していいだろう。
優雅な佇まいは春の陽気。
柔らかな動きは吹き抜ける春風。
その瞳は澄んだ青空。
ただし口を開けば総て台無しだが。

「な、なんですし?」

暫く見続ければ次第に祠堂が焦り始めたようだ。
いつもは一目散に逃げ出す所をこんなに長時間真っ正面に立っているのだから無理も無い。

(あぁ、そういえば…)

無言で手を伸ばせば殴られると思ったのか小さく悲鳴を上げて強く目を瞑り首を竦められた。
ファイト以外での接点はあまり無いが、奴の中で俺はどんな人物になっているのか心底不思議になってしまう。

「うむ、よく似合っているぞ」

祠堂の髪に桜の枝を挿してみたのだが本当によく似合っている。
服の色も深緑なので余計に桜が映えるのだ。

そろりそろりと瞳を開いた祠堂が俺の指差した箇所に恐る恐る触れ、漸くそれが桜の枝だと分かったようだ。
キョトンとした顔が、まるで小動物のようで、あまりにも可愛く見えたので…。

「貴様は桜が良く映えるな」

思わず微笑んでしまった。

すると何故か祠堂が下を向いて震えながら顔を真っ赤に染めていく。
…褒めているのに何故怒るんだ?

「お前…お前ぇ…」

絞り出すような声で呟くと、ビシィッと音がしそうな勢いで指を差された。
同時に上げられた顔は真っ赤で、おまけに目には涙が滲んでいる。

とりあえず『人を指差すな祠堂。行儀が悪いぞ』と口を開く前に。

「お前…気障ですしぃーッ!!」

そう叫ぶと祠堂は踵を返して走りだした。
あっけにとられる中、走る祠堂の手が頭上の枝にしっかり添えているのが見えて。

「…なかなか可愛いものだな」

一人残された俺は離れていくその姿が見えなくなるまで小さく笑い続けていた。


おわり。


2015/05/23(Sat) 04:44  コメント(0)

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