OP夢小説U

□鷹と私の漫遊記17
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何もない世界が、目の前に広がる。
ただただ白く、色のない世界には、私の影さえ映らない。はたして自分が存在するのかさえ曖昧なこの空間で、頼りになるのは目に映る自分の両手だけであった。
これが見える限り、私はここに存在する。しかし、それも時間が経つにつれ意味を失っていった。
あの時のように、手が透けだしたのである。
瞬間、脳裏にミホークとの思い出が一瞬にして駆けめぐった。
私は何故この世界にきたのか。何故、ここに居たいと願ったのか。白い何もない世界で、それでもなおここに止まるのは何故か。
その答えの全てが。
全てが。

「・・・ミホーク!」

無我夢中で、空中に向かって手を伸ばした。何も見えず、透けだした手は虚空を掴む。
それでもなにかを捕まえたくて、必死にミホークの名前を呼びながら手を伸ばした。
すると、覚えのある温もりが手を覆った。
見えない。けれど、存在する確かな温もりにしがみつく。ミホークだと感じたのは、もはや本能だった。
ぎゅ、と力を込めれば、しっかりと握りしめる事が出来た。あの七日間の時とは違う。今度こそ、ちゃんと。
ミホークの側に。








うっすらと開けた目に、光が注ぐ。いつもより金色が強いそれに違和感を感じつつゆるゆると開けば、綺麗な金の眼光が瞳を貫いた。

「大丈夫か?」

気遣わしげにかけられた声と共に、柔らかく髪を撫でつけられた。
じっとりと湿る背中に、自分が見ていた物が悪夢であった事を知る。小刻みに震える手に、相当怖い思いをしたのだと他人事のように感じた。
だんだんと覚醒する頭が、冷静な考えを生む。おそらくあの夢は私の不安や恐怖、全てを体現した心の世界なのだろう。何もなかったのは、失うからだ。今までの物を。得てきた物の全てを。
そこから脱出出来たのは、ミホークの手があったからで。
そこでようやっと、恐れ多くも世界一の大剣豪の膝上で眠っていた事に気がついた。
しかし、一体何がなにやらわからない。ミホークはいつもの格好でこちらを覗いているし、帽子の外に見えた天井は昨日見ていた部屋のものではない。いつのまに宿を出たのか。それよりここはどこなのか。ぱちぱちと疑問を込めて瞬けば、「あぁ、」と気がついたかのようにミホークが声をあげた。

「今我々は海列車に乗っている。」
「海れっ・・・え、なんで?」

海列車といえば噂の人魚のココロばーさんが務める、ウォーターセブンの海域を走る特殊な列車ではなかったか、と記憶を総動員してひとりごちる。声が漏れていたのか、「婆さんは知らぬが合っている」と解答が返ってきた。

「海軍本部へ行くためだ。」
「え?仕事?」
「それもある。確かに前々から会議に参加せよと呼ばれていた。」
「さぼってたんでしょ・・・」

言いながら体を起こせば、少々ばつが悪かったのかごほんと一つ咳をした。
と、そこで、右手がミホークに握られていた事に気がついた。じんわりと伝わる熱と汗から、随分長い間握っててくれたらしい事がわかる。
どうやら私は悪夢を見た際魘されていたようだった。目が覚めた時優しく頭を撫でてくれていたのは、落ち着かせるためだったのだろう。深層心理の中でもミホークの手を掴み熱を感じたのは、これのおかげのようだった。
それがひどく嬉しくて、綻んだ。握られ続けていた手をそっと握りかえしてから離し、「ありがと」と照れくさくも呟けば、ミホークはすっと目を優しく細めた。曰く、「構わない」という事らしい。
相も変わらず世界一の大剣豪は私に甘いようで、それに頼るばかりじゃいかん!とぺしぺしと頬を叩いた。と、そこに感じる冷ややかな視線。
絶対零度もかくやと思われる物に目を向ければ、確かに絶対零度の人間がそこに憮然と座っていた。

「なんでこんな朝っぱらから見せつけられてんの?俺。」

徹夜に等しいんですけどー!とだらけきった格好で椅子にもたれた青キジがぶつぶつとぼやいた。
まさか同席していると思わず、先ほどまでの所行を思い返してぶわっと汗が出た。なんなんだこの羞恥プレイ!今回そんな傾向ばかりじゃないか!
思いつつ、ふとある事に気付く。青キジは「朝っぱら」と言ったのだ。それはつまり、今、この時が八日目を指している事で。
呆然とミホークを見つめれば、こくりと安心させるかのように一つ頷いた。

「仕方があるまい。お主が居らねば悪魔の実を渡さぬとセンゴクが言ったのだ。」
「だからって朝からいちゃこら見せつけるのはナシでしょーよ?もうイヤ俺も彼女欲しい。」

さめざめと両手で顔を覆って体を小さく縮ませるその姿はとても海軍大将には見えない。
笑いそうになった口を押さえつつ、ミホークの言葉を反芻した。
八日目が来た。という事はまだ私に時間が残されているという事だ。故に、ミホークは素早く行動に移したらしい。私が寝ている間に何かしらの手を打ったようだった。
しかし、何故海軍なのか。

「悪魔の実が海軍にあるの?」

純粋な疑問を舌に乗せて紡げば、「うむ」と素直にミホークが頷く。

「海軍本部には各地から押収、もとい収集した悪魔の実が一所に収められている。それを一つ頂戴するつもりだ。」
「奪取はナシだぞ。再三言うが、金は払ってもらう!」
「フン・・・」
「センゴクさんの判断正しかったわ・・・絶対俺が居なかったら奪ってたこいつ・・・」

胃が痛いと眉間に皺を寄せる青キジに、乾いた笑いが漏れた。七武海といえ、ミホークは海賊である。青キジの言う通り、見られてさえ居なければ堂々とかっぱらっていったのは火を見るより明らかだった。













切り立った4つの山のど真ん中に佇む荘厳たる白い建造物が、見る者を圧倒させる。
全世界の海軍支部の総本山、海軍本部マリンフォードだ。
大きく描かれた「海軍」の2文字が海軍が世界に向ける決意や象徴その物のようで、しかしどこか冷たい物を背に感じさせた。
海列車で問題なくたどり着いた私達は、当初の予定通り悪魔の実を手に入れるために降り立った。
途端、目敏く私達を見つけた海兵達が走り寄ってくる。さすがに青キジやミホークは顔パスで、最敬礼を持って迎えられていた。
ただ、私はどうやら違うようで。

「失礼ですが、持ち物検査を。」

空港などで良くあるセキュリティチェックだ。これから入る所はそれこそ日本で言う所の警視庁の内部である。勿論のこと怪しい物を持ち込んでいないか等のチェックは必要不可欠だった。
なので大人しく万歳の姿勢をとって検査を待ちかまえたのだ。・・・が。

「あの・・・」
「・・え?違います?」

てっきりボディチェックも入るかと思っていたのだが、違ったようだった。戸惑った海兵が少し頬を赤くして、「ポケットの中身でいいです」ともごもごと呟いた所でようやっと合点がいった。
この世界は日本と違って、本部に居る人間ほど戦闘力が高い。要は、その人達に刃向かえるような毒や暗器等を持っていないか調べる事が重要だったのである。

「主は誰にでも体を触らせるのか。」
「誤解を招く発言はやめてよ!ていうか普通ボディチェックするって!海軍本部のセキュリティ甘いと思・・いますよ大将。」
「今更敬語とかいらないわ〜。でもお〜け、考えておく。」

はぁめんどくさ、なんて青キジが呟いている限り、セキュリティの甘さは改善されない、と心の奥底で思った。
さて、ここマリンフォードの事だが、海軍本部という名の通り兵士ばかりが居るところだと思っていたが実際はそうでないことが分かった。
まず軍と市民の居住区との区別が割としっかりなされている。区間毎に分けられた町並みを見るに、どうやら居住区は兵士の家族や親戚達が住まう所であるようだった。一つ一つの家も大きく、ここに勤める海兵達の給金の良さが垣間見える。
大通りにはこ洒落た店や食品店が建ち並び、前居た島では見ることのなかった高級品も多々目にすることが出来た。
所謂富裕層の住まう地がここ、マリンフォードなのである。
何せ世界でも最強の部類に入る者達が警護を務め、難攻不落と言われた要塞に守られている居住区である。人々も心の余裕があるからか、服装は派手である上、街に薫る風も香水を含んだ物が多かった。
きょろきょろと物珍しさに目を動かしていると、不意に手を引かれた。どうやら前を歩いていたミホークが業を煮やしたらしい。
少し早足になったミホークに小さく「ごめん」と呟いたが、特に返事は返ってこなかった。
怒っているのだろうか、とは思ったがどうも違うようだ。まっすぐ目的地まで進むミホークの目と歩みの速度から、ミホークはこの街をあまり快く思ってない事が理解できた。
証拠に、「ここ好きじゃないの?」と聞けば、「あぁ」と端的に返答が返ってきた。
おそらく他の街と比べて外の厳しさを知らない者達がぬくぬくと暮らし、我が物顔で闊歩している様が気にくわないのだろう。
日本に慣れた自分はある意味ここが見慣れた風景であったのだが、この世界の特殊環境下ではそれが当たり前ではないことを改めて理解した。



海軍本部内は、いたってシンプルな構造で造られていた。
白を基調とした壁に、実用性を重視しつつ少しの装飾で花を添える扉や小物の数々。
とはいえ軍らしく統一性がきちんとあって、華美でも下品でもない建物の綺麗さは、海兵達の憧れである本部をしっかりと象徴していた。
本部内を進むことしばし。とある客室の一室の前で青キジが立ち止まったので、そちらに入らせて貰った。さすがに保管庫まで入ることは許されなかったので、こちらで待つことになったのだ。
腰掛けた椅子にはクッションがついており、非常に柔らかで座り心地は抜群だ。少しはしゃぎ気味にふにふにと感触を楽しんでいると、隣に座っていたミホークが手元の書類を捲りながら苦笑した。

「気に入ったのか。」
「椅子の事?クッションの事?」
「どちらもだ。」
「う〜ん・・・どっちかっていうとクッションかな・・・。私感触フェチなんだよね。こういう柔らかいのってついつい揉んじゃう。」
「なるほど。その点は俺と似ている。」
「あぁ胸?残念だけどそんなにないよ私。この世界の乳はインフレを起こしすぎだ。」
「・・・俺は今逆セクハラというものを受けたのか?」
「えっ」
「えっ」

最後の発言はお茶を持って入ってきた海兵さんである。正直こんなしょうもない会話に巻き込んで申し訳なさの極みだった。
書類整理で忙しいミホークに変わってお茶を受け取れば、海兵さんの引きつった笑みが目端に映った。変な噂が立たないことをひたに願う。
頂いたお茶は香り高い紅茶だった。アールグレイだったので備え付けられていたミルクを少し足して、ミルクティーにして口に含む。ふくよかな香りがすっと抜けて、少し緊張していた体をほぐした。
ミホークや青キジの側にいるとはいえ、ここは海軍本部である。すれ違った人達の鋭い視線や纏うオーラは尋常のものではない。二人の側に居ても、いや居るからこそぶつけられる不躾な視線は多々あり、その度に変に思われないようにとぴんと背筋をはっていた。
そうして溜まっていた緊張感が、ここでようやっとおろせたのである。
おそらく、先ほどミホークがふってくれた話も、そうした私の状態を察してのものであったのだろう。ふざけた会話をしたおかげで少し心の余裕が持てた事が自覚出来て、ふ、と顔がほころんだ。
そこでようやく、ミホークの書類整理が終わる。道中聞いてみたところによると、今まで倒していたが報告していなかった賞金首から今回の悪魔の実の代金を支払うらしい。
額にして、2億。
一番役に立たなそうな、どうでもいい悪魔の実でとは言ったものの、その希少価値は等しくあるようで、相場である2億を下回ることはできなかった。
ミホーク本人は「なんだそんなものか」と呆れていたが、私としては気が気ではなかった。
2億である。年末ジャンボ宝くじでぴったり賞を取らないと受け取れないとんでもない金額である。額を聞いた瞬間青ざめたのは言うまでもない。
書類整理を終えたミホークが、アールグレイを口に運んだ。途端にしかめつらになった表情を見て、一つ心にメモをした。「天下の鷹の目はアールグレイが嫌いである」と。

「思いの外溜まっていたようだ。」

紅茶を放り出して手配書を眺めるミホークに、そうなの、と相づちを打つ。
ミホーク曰く、全部で15億もの額を稼いでいたらしい。それだけの悪人を倒しておいて報告していなかったのでは、海軍も相当苦労しただろうにと思わず同情してしまった。

「そんなに報告してなかったの?」
「ここまで出向くのが面倒だったからな。そもそも俺は倒した相手の顔を覚えるのが得意ではない。」
「う〜ん、ミホークらしいわ。でもこのピックアップした人達を覚えてたってことはそれなりに良い勝負をしたって事でしょう?」
「うむ。」

楽しげに笑ったミホークが、過去の戦いに思いを馳せたのか目を細める。
まだまだ世界には大剣豪を唸らせる戦いをする兵が多くいるらしい。そのことに喜んでいいのか不安になればいいのか曖昧な感情を抱きつつ微笑めば、機嫌を良くした大剣豪は思いもしなかった事を口にした。














これで船も改装できるな。

そのままで駄目なの?と思わず返せば、では甲板で構わないかと返ってきたので丁重にお断りした。甲板生活は辛すぎる。
 

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