発掘物

□逃走
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目が覚めると、すぐ目の前にあったのは見慣れた木目の床だった。
ひんやりとした感じと、自分の視線の高さで自分は横向きに寝転がった状態だと理解する。
起き上ろうとしたが、体がだるさを訴えそれを許さず、未だ覚めきっていない頭を使い何とか視線だけを巡らせた。

小学校でお楽しみ会をする時の様に、教室の後ろへと追いやられた机と椅子。
学生達の鞄がなく、妙にすっきりしている棚。
文字の書かれていない黒板と、使い古された教卓。
窓の方へと目をやると、カーテンが閉められていて外の様子は窺えなかったが夜なのだろうと想像はついた。今自分がいるここは、黒板の上の電灯しか点灯しておらずそのせいでほとんど真っ暗だからだ。

……確かにこれと同じ部屋を知っている。
しかし自分に馴染んでいる感じがしないということは。

(学校だけど……私の教室じゃ、ないみたい)

ぼんやりとそう思ったノースは、そろそろ起き上ろうと腕に力を込めようとした。
が、それが叶うことはなかった。両手首は背中で一つに縛られていて、おまけに両足まで拘束されている。身動きが取れない今の状況に、本能的に危機感を覚えたノースは、思わず声を上げた。

「えっ!?何なに……っ!?」
「! 起きたのか?ノース」

ふと聞き慣れた声を背中に受けたノースは、慎重に体を反転させて声の主を視界に入れる。
暗がりでも誰か解るその人は、紛れもなくフィエスタだった。
頼れる存在がすぐ傍に居ることで、ノースの頬が無意識に緩む。

「フィエスタ……!」
「ああ、俺だ。それよりノース、何ともないか?」
「? う、うん……ちょっとまだ眠いかな。なんて」

えへへ、と笑顔を見せるノースに、フィエスタは安堵の溜息を吐いた。
しかし直に表情を切り替え、ノースに真摯な眼差しを向ける。普段はノートかバスケットボールか、又は運転中前方にしか向けられないその視線が自分に向けられたことで、ノースは思わずドキリとした。

「ど、どうしたの……?」
「わり、よく見えねぇけど……お前も身動き取れないみたいだな」
「え、あ、うん。フィエスタも?」

そう言われて初めてノースは視線をゆっくり下へと向ける。
俗に言う体育座りをしているフィエスタは、確かに不自然に両手を後ろへとやっていて、自分と同じように足首はありがちな縄で拘束されていた。その体制が辛いのか、追いやられた机に背を預けて座っている。
ノースはあらー、と他人事の様に声を洩らした。

「ずっと寝ころんでると体痛くなるぞ。兎に角座れよ」
「うう、でも……」
「出来ないことねぇよ」

とりあえず仰向けになって、後は腹筋を使えば起き上がれる。
言われた通りに行動すると、案外すんなりと座ることが出来た。とりあえず両足は横倒しにして、フィエスタと向かい合う。すると意外な光景に、ノースは素っ頓狂な声を上げた。

「あれっ!?私たちだけじゃなかったんだ!」

ノースの言うように、そこには見慣れた仲間がいた。
最早シルエットでも誰だか解る。未だ横たわったままの者もいるが、間違いようもなかった。

「マエル、アリウス、シウダード……!それに、ティエラとソルトと……シュガー?」

ノースが順に名前を呼ぶ。
先に呼ばれた3人は既に覚醒していた。後の3人は未だ夢の中らしく、ノースが声を挙げても身動きの一つも取らない。
みんながブレザーを着ている中、一つだけ見えたセーラー服。それがノースが探る様に名前を呼んだ理由。一人だけ中等部の制服を着ている彼女は、紛れもなくソルトの妹のシュガーであった。

「おはようノース。平気か?」

最初に口を開いたのはシウダード。
流石と言うべきか、やはり体調を一番に心配するところは彼らしい。顔色を窺うように言うシウダードに、ノースはうん大丈夫と返した。
その言葉を待っていたと言わんばかりに、マエルが口を開く。

「さて、まだ寝てる3人はそのままにするとして……今どういう状況かを、把握しないとね」
「そうだなー。何せなんでこうなったのか、誰も知らないんだから」

雑用を押し付けられた時のような軽さで、アリウスもマエルの意見に同意する。
その気の抜けようが今は嬉しいのか、誰もが彼に喝を入れなかった。
とりあえず覚えていることを話そう、その一言で全員がうーんと唸りだす。

「俺はー……、いつものトコまではフィエスタと帰ったよな?」
「ああ、それから俺も自分の家に……」
「私は本屋に寄って、そっからバスの時間に間に合わないからって裏路地に入って」
「俺も電車から降りたとこまでは覚えてるけど……」
「私、駅から自転車に乗ったかなぁ?」

全員に共通して言えるのは、「下校の途中から記憶がない」。
それもそれぞれ一人になった直後から記憶が奇麗に消えているということは。

「……どうやら俺たち、誰かに睡眠薬でも嗅がされてここまで来たみたいだな」

苦笑いしながらシウダードは、ここにいる誰もが認めたくはないことを口走った。
彼の言葉は広い教室に響き渡り、そのまま嫌な空気だけを残して消えていく。
誰も反論しない。否定出来ない。可能性の一つとして、誰もが一度は考えていたからだ。

「……やっぱりそうなっちゃう?」
「だって微妙に薬のにおいするもんな。俺の口元」

なんかそっち系の薬を染み込ませたハンカチか何かを背後から押し当てられて、反撃する間もなく寝ちまったんだぜきっと。

笑いながら言ったシウダードは、ちらりと視線を隣の金髪へと向けた。
癖のある柔らかな髪を床へと散りばめて眠る少女は、恐らくこんな固い床で眠ったことなどないだろう。その寝顔は風邪でも引いている様な、寝苦しそうなそれだった。

「髪の一つも撫でてやれないもんなぁ……」
「声に出てるわよ、シウダード」

真面目に話し合いなさいよ、というマエルは完全に呆れ顔だった。
今起きているメンバーに聞かれたこと自体はあまり気にしていないらしいシウダードは、視線を会議の輪に戻してでもまぁとりあえず、と話を切り替えた。

「ずっとこのまま放置、なんてことはないな」
「え?なんでそう言い切れるの?」
「だってここまで拘束されて放置までされたら死んじゃうじゃん」

首を傾げるノースに、アリウスも口端を上げて言う。
彼もまたシウダードの言わんとすることを理解しているのだろう。先ほどの一言でピンときたアリウスは、子供の様な笑みを浮かべている。
しかし噛み砕かれないと解らないノースは、合点のいかない表情をした。

「……成程。時間をかけて死なせるくらいなら、最初っから殺してるってね」

簡潔に一言で纏められたマエルの言葉は、頭が混乱しているであろうノースの眉間の皺を見事に解いてみせた。
そう言われてみれば確かに、ここにいる8人を殺すつもりではなさそうだ。

「用事が、あるんだろうな」

ここまでしなきゃいけないような、「用事」が。
フィエスタが声に真剣さを纏わせて言う。それに釣られてみんなが真剣な眼差しを向けあい、そっと頷いた。


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