発掘物

□逃走
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「だけど、その用事って一体……」

なんなのかしら、と続くはずだった言葉は、突然部屋に響いた音にかき消された。
少々乱暴に開け放たれたドアを、全員が緊張した面持ちで見据える。ヒールを鳴らしながら教室へと入って来た人物は、綺麗なボディラインを持つ女性。見覚えのあるその顔に、シウダードは更に緊張した。

「……先生?ティエラの、担任の先生だよな?」

その言葉に、ノースが思わずシウダードに振り替える。
問われた本人は特に返事を返すこともなく、部屋の明かりを一気につける。眩しさに一瞬目を閉じ再度開くと、出席簿らしいものを持った女性が普通に授業をする様な流れで教卓に立っていた。左側だけ癖のある横髪を伸ばした、ショートカットの抹茶色の髪が揺れた。存在感のある真っ赤な唇の両端を上げ、じぃとこちらを見据えている。

「う、ん……何だ?」
「うーん……もぉなによぉ」

突然点けられた灯りに、ソルトとシュガーも目を覚ました。
同じようなことを口走り、同じような動作でもぞもぞと動く2人を見て、ああやっぱり兄弟だな、なんてどうでもいいことを思いながらアリウスは2人に声をかける。

「ソルト、シュガー。おはよう」
「あ、アリウス……?って、何だよこれ!」
「え、ちょ、やだ!何がどうなってんの!?」
「静かになさいエラトス」

声をかけられてやっと意識が戻ってきたのか、ソルトとシュガーは今自分たちが置かれている状況を把握すると同時に声を上げる。
しかし教卓の方から声が飛んできて、ソルトは思わず口を噤んだ。シュガーも一瞬何かを言いかけたが、予想以上に凍りついていた声と視線に、流石の彼女も押し黙ることしか出来なかった。
静かになったところで、「先生」は出席簿らしきものを教卓の上へ置き、前を見据えた。

「――私の名前はビューラ・サラディーナ。どうぞよろしく……そこのまだ寝てる生徒、今すぐ起こしなさい」
「起こすって言っても……声かけるくらいしかできないわよ」
「じゃあいいわ、私が起こしましょう」

まだ寝ている生徒、ティエラは一向に起きる気配がない。大方、薬を大量に吸い込んでしまったのだろう。なら無理矢理起こすことはないとそっとしておいたが、どうやらビューラはそれが気に入らなかったようだ。だからって起こせと言われても、この状態では自分たちには声をかけることしか出来ない。それに、声をかけたくらいで起きるのであればもう起きているだろう。
そういう意味を込めてマエルが控え目に言うと、ビューラはあっさりと納得しこちらに近付いてくる。歩きながら、スーツのポケットに入れっぱなしだった左手を静かに出した。その手には小型のナイフが握られていて、ノースとシュガーは顔を青くする。
死んだように眠り続けるティエラの前で立ち止まったビューラは、そっとナイフを構えた。本気だ、と感じたマエルも居た堪れなくなり、思わず声を荒げる。

「ちょ、ちょっと!!何する気!?」
「起こすって、言わなかった?」
「だからって……っ」
「ちょっと待って下さい先生」

マエルの言葉を遮った声に、全員がその主へと視線を向ける。
視線の先でシウダードが、無表情で場違いな程冷静な声色で言葉を紡いだ。

「切るならティエラじゃなく、俺のこの縄にしてくれませんか」
「何を」
「一回振り下ろすなら、何を切っても一緒でしょう?それにこの手を解放したところで、抵抗なんて出来ませんしもし何かしたら刺してくれても構いません」

にっこり笑ってみせるシウダードに、ビューラはティエラとシウダードを交互に見てから決心したようにシウダードの方へ近づく器用に縄を解くと、そのまま切っ先をシウダードの背中へと持って行く。適当に置かれた訳ではない、肺に刺さるその位置に置かれたナイフに、シウダードはこりゃ本当に抵抗出来ないな、と心の内で苦笑いしながらティエラの両肩を優しく揺する。

「ティエラ、起きろ」
「ん、んー……」

寝起きの悪くないティエラはぐらつく頭を押さえながら起き上り、直に覚醒して周りの空気の異常さを感じ取った。シウダードに座らせてもらいながら、彼のすぐ後ろに居る担任を見据える。
ティエラが完全に覚醒すると、シウダードの背中にあった違和感がすっと消えた。見ると、ビューラはナイフ片手に教卓へと戻っていくところだった。

「……一体これはどういうことですか?サラディーナ先生」

最後まで寝ていたとは思えないくらいの鋭さを孕ませた声で、ティエラは問う。
その声を背中で受けながらも反応を示さなかったビューラは、教卓に戻るとそのままチョークを一本手に取り、慣れた手つきで黒板の上を走らせた。つらつらと手を動かすその後ろ姿に、ティエラは不満気な顔をする。

「質問に、答えて頂けますか」

ティエラの声が響くと同時に、チョークが黒板を打つ音が聞こえた。
暫くしてからカラリと音をたてて、それはビューラの手から離れる。ヒールの音を響かせながら、先生はこちらへと振り返った。

「今日集まってもらったのは、みんなでゲームをする為よ」
「ゲーム……だと……?」

フィエスタが不審に思い、聞き返す。
ビューラは一瞬フィエスタの方へと視線を向けたが、構わずに話を続けた。

「そう、だけど、ただのゲームと思って貰っちゃ困るわ」

ビューラは口の端を一層吊り上げ、笑っていない冷たい視線で続ける。

――貴方達の、命をかけたゲームなんだから

「――――……」

なんかの映画ですか。ドラマですか。罰ゲームですか。
言いたいことはいろいろあったが、そんな口出しを場の空気が許さず、みんながみんな口を噤んだままじぃとビューラを見つめたまま固まる。何のこともない様にしれっと言い放った彼女は、機械的に「ゲーム」のルールを説明しだした。

制限時間は明日の朝まで。
兎に角学校の中を巡回するハンターという名の男達に捕まらなければいい。
但し校舎の外には出られない。反撃、逃走は自由だが、ゲームは丸腰の状態で開始される。
男に捕まれば、その時点でその者は失格となる。ゲームに戻ることは不可能。
誰か1人でもゲーム終了まで生き残れば勝ちとなり、全員が解放される。

「以上、質問はない?」

淡々と説明をこなしたビューラの言葉に、シウダードが直さに手を挙げる。
こんな時に限って律儀な彼を横目で見、フィエスタは授業中もこれ位真面目に話を聞ければいいのにな、と心の中で悪態を吐く。

「俺らが勝てた場合のことは解りました。けど……負けた場合どうなるのか、捕まったらゲーム終了まで何をするのか、そこんとこも教えて下さい」

シウダードにしては珍しく、最悪の状況を考えた上で発言している。
聞きたいけれど、知りたくない質問をあっさりとしたことで、全員がビューラの方へと真剣な眼差しを向けた。ビューラは少しの沈黙の後、静かに口を開いた。彼女は言いながら、とりあえず手首の縄だけを淡々とナイフで切っていく。手さえ動かせればなんとか脱出出来るかと男性陣は考えたが、教室の出入り口に人影があるのがドアごしに見えた。
成程教室から出てもあの人らに捕まるってか。全員を無事に逃がす為には今行動すべきではない。誰もがそう考え、納得した。

「……捕まった場合は、ゲーム終了までこちらが拘束します。その後、ゲーム終了時にどんなペナルティが待っているか……又ゲーム終了までに貴方達が負けた場合については、私の口からは言えないわ」
「それはどうして」
「私も知らないからよ。それについては上が決定するから……まぁ、良くないことが待ってるのは確かね」

ビューラが嘲笑しながら言う。
その笑い声が今はただただ不気味に聞こえ、ノースやシュガーは何か言おうとしていたがその言葉は喉の奥で凍りついて出ては来なかった。
そんな彼女らの態度を楽しそうに見つめてから、思い出したように教卓の中から携帯電話のようなものを8つ取り出した。

「そうそう、ゲームの合間はこれが貴方達の唯一の連絡手段よ。ここに運んだ時に荷物はすべて没収させてもらったから……もちろん、携帯電話もね」

そう言われて、全員が一斉に制服のポケットの中を探る。
取り出し易いようにといつもズボンやスカート、或いはブレザーのポケットの中に放り込んである携帯電話の存在を、何度も手を入れたが確認することは出来なかった。
いよいよ全員の瞳に困惑や焦燥の色が見えてきて、ビューラは待っていたと言わんばかりに、教室の前方のドアを開けた。開いたドアのすぐ隣に凭れ掛り、腕を組んで生徒達を見据える。その彼女の後ろから、サングラスをかけた男が音もたてずに入ってくる。
見憶えのないということは、この学校の教師ではなさそうだ。彼を纏っているオーラが、すでに普通ではなかった。何かもっと大きなものを連想させるオーラ。恐らく、先ほどビューラが言っていた「上の者」についている1人なのだろうと思った。
男は無言で教室の奥まで足を踏み入れ、アリウスの後ろに回り込むとナイフを構え、器用に足首に巻かれていた縄を切り落とした。

「さぁ行きなさい、この部屋はゲーム開始直後に閉鎖するわよ。アリウス・ダスト」

名前を呼ばれアリウスは、後ろの男に警戒しながらもゆっくりと立ち上がる。
顎を使って外に出ろと指示するビューラを睨みながら、一歩一歩踏みしめるようにドアに近付いて行く。その様子を一番落ち着きなく見ていたのは、意外にもマエルだった。
いくら年上だと言っても、どこか抜けている彼の面倒を見ているのはいつも彼女だ。そうでなくても、いつも一緒にいる友人の1人、心配になるのも無理はなかった。

「……あ、アリウス!先に出るからって、さっさと捕まるんじゃないわよ!」
「ん、大丈夫だろ!俺を誰だと思ってんだ?」

マエルがアリウスに対して何かを心配する時の彼の口癖は、こんな場面でもその効果は発揮されるのだな、と呆れながらも、普段と変わらぬそのやり取りにマエルは正直ほっとした。
一応明るくはしてくれているらしい廊下の向こうへと消えていくアリウスを、マエル以外は無言で見送った。正直、こういう時になんて声をかけていいのかなんて思いつかなかった。そんな気持ちを無視するように、ビューラは冷静に次の出発者の名前を読み上げる。

「次は……シウダード・メインティア。出発よ」


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