恋愛小説集
□阿部さんと伊蝶くん
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「――で、この公式を当てはめれば……って、ねぇ聞いてる? 伊蝶くん」
ムッとした顔で阿部ちゃんが顔を上げた。
だけど俺は彼女に叱られただけで、ついしまりなく笑ってしまう。
「ゴメン、阿部ちゃんに見惚れてた」
恥ずいセリフを投掛けてみるが阿部ちゃんは表情を崩さない。
代わりに、
「やる気ないなら終わる?」
冷たく一蹴。
「まだ始めて十分でしょ! やるやるやるっ」
帰ろうとする阿部ちゃんを慌てて引止める俺、格好悪い。
「俺、阿部ちゃんからしか教わる気ないし」
「……嘘ばっか」
俺の本心は届かず、阿部ちゃんは呆れながら再び教科書を開いた。
かれこれ三日目の勉強会も、いつも不真面目な俺の所為で成果は一向に上らない。
阿部ちゃんは流石に怒り始めているが、根気よくしてくれる。
俺は好きな人と二人で嬉しいのに、何処か心苦しい。
「聞いてる? 伊蝶くん」
「あ、ゴメン。ボケてた」
多分、誤魔化す笑い方が気に入らなかったのかも。
阿部ちゃんは更に気を悪くしたように、まるで念仏のように公式を唱えた。