恋愛小説集

□禁欲ヴェルダンディ
1ページ/37ページ

 


 張りのない絵具汚れのついたよれよれの白衣――の裾を頼りなげに掴む。


 顎に残る無精髭――先生がなぞるように撫でる。


 垂れた目許にはちょっとクマがつきがちで――私は親指で軽く触れる。


「寝ないと死んじゃうから」

「最低限は寝てる」


 先生は拒むように私の手首を掴んで引き離した。私は握り締める白衣に力を込める。

 私を見る先生は困った顔。でも後には引けなくて、硬直したように指は絡んでいた。


「青葉……」

「――《はい》」


 名前を呼ばれると、反射的に染み付いた反応をしてしまう。


 生徒と教師。

 思い知らされる関係性。


「いい返事だ」


 子供を扱うように私の頭を先生が撫でた。

 フワリと染み付いた煙草の匂いが降り懸かる。

 煙草は嫌い。

 だけど、煙草に混ざる絵具とアルコールが複雑に混じりあってそれが先生の匂いになる。

 煙草は嫌い。でも、この匂いも先生の一部と思うと胸が苦しい。


 あの人も今の私と同じだった?


 同じ気持ちだった――?















次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ