anniversary
□猫と魔術師
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…そのはずだったんだけど…。
朝目覚めると、ベッドの傍らにはふわふわの毛皮は何処へやら、あどけない寝顔の幼児がいたのだった。
「…ん〜、獣人族だったのか」
どおりで少し毛色の変わった猫だと思った。
姿はほぼ人間の男の子と変わりない。ただ違うとすれば耳が顔の横ではなく、猫の耳そのままに、ぴょこっと半ば髪に隠れるように上部についていた。
ピクピクと動くそれが妙に愛らしくて、あたしはついさわさわと撫でてしまった。
「…んにゅ〜…」
「あ、起きた」
軽く伸びをして、目をしぱしぱと瞬いた仔猫、もとい子供は、状況がよくつかめてないのか、目の前にいるあたしをしばし凝視する。
あ、この子の目、トパーズじゃなくてペリドットなんだ。
そして、あたしが知らない相手だとわかったのか、子供は突然飛び起きると、キョロキョロと辺りを見回した。
「…ぅにゃあっ、クロエ?クロエ、どこ〜?」
舌足らずな口調で、知人(親?兄弟?)の名前を呼ぶ。
「ここにはいないよ。ここはあたしの家だから」
「みゅ?…だぁれ?」
今にも泣きそうな顔で小首を傾げる子供に、あたしはとりあえず安心させるようにニッコリ微笑んだ。
「あたしはアオイ。君の名前は?」
「…まちゅ」
「まちゅ?ああ、マツね?昨日、怪我して茂みに隠れてたの、覚えてる?」
右腕の包帯を指差すと、マツは少し考えるような素振りを見せたあと、こくりとうなずいた。
「あのまま放っておいたら大変なことになるから、家に連れてきたんだけど…、あそこに隠れるまでは誰かと一緒だったの?」
「クロエがいた」
「そっか。じゃあ、怪我してはぐれちゃったんだね」
「ふぇ…、クロエ〜」
マツは途端に寂しくなったのか、顔をくしゃっと歪めてベソをかきだした。
「あ〜、はいはい。わかったから、泣かない泣かない」
あたしはマツを胸に抱き寄せて、あやすようにポンポンと背中を叩いた。
獣人族の子供は、狙われやすいと聞く。
その肝が万能の妙薬と噂され、闇で高値で取り引きされるのだ。
この近くに獣人族の集落はないから、おそらく移動中に何者かに襲われて、争いのどさくさではぐれてしまったんだろう。
小さな子だけで動くことはまずあり得ないし、保護者が一緒だったなら、きっと今頃血眼になって探してるはず。
猫科の獣人族は戦闘のプロというし、そう簡単にはやられないはずだから、ここにたどり着くのは時間の問題かな。
あ〜、でも、面倒なことになったなぁ。
世間の煩わしさから逃れるために、わざわざこんな人里離れた森の中に住んでるというのに、向こうから厄介ごとが舞い込んでくるなんて。
あたしは腕の中でぐずる子供の頭を撫でてやりながら、つい大きな溜め息をついてしまうのだった。