短編小説集
□「おおきくアビスぶって」
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「おは…よう!」
「はよ!」
「あの、栄口…君……は?」
「ん?確かボール取りに行ってるけど。何かあんの?」
「栄口君、なんか…頭、抱えて、歩いて、た…から」
「何、アイツ変頭痛!?」
「わから、ない…」
心配そうというより、不思議そうにポカンと大口を開ける田島に三橋は目を逸らした。
空もまだほんのりと霞みがかる早朝、野球部はいつも通り朝練を始めようとしていた。1番にグラウンドに入った栄口は、倉庫に閉まってあるボールをひとりで取りに行ったようで、まだ戻ってこないらしい。
「どうした、三橋。顔色悪いけど」
田島の大声を聞きつけ、やって来たのは阿部隆也。
「阿部…くん!栄口くん、が!」
「変頭痛だって!」
「はぁ!?」
「だーかーらー、頭抱えて唸ってるんだってよ」
「何で?」
「さぁ?昨日のテストで赤点取ったんじゃねーの?」
それはないだろう。と心の中で呟く二人。昨日あったテストは、栄口がもっとも得意とする古典だったのだから。
「悩み事でも…あんのかな」
「あいつの家、母親がいないからいろいろ苦労することもあるんだろうな…」
どこかどんよりと重くなる空気。
「俺…行ってくる!」
「おい、三橋!」
言うなり走り去る西浦のピッチャー。何も考えずに行動する三橋を歯痒く思いながら、阿部は自らも後を追おうとしたが、田島が目の前に立ち塞がる。ニッと笑顔を向けて。
「三橋に任せとけばいいんじゃねぇの?あいつは何かと気が利く奴だしさ。それより俺らはグランド整備〜っと」
「……あいつに任せられっかよ」
「もっと信じてやれよ、三橋んこと」
「…………」
遠くにぽつりと立つ倉庫に、阿部は一度目を向けてからグランド整備に取り掛かった。
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「栄口、くん……」
明かりもない、真っ暗闇の倉庫。朝の冷えた風がよりいっそう冷たくなったように感じられ、三橋は両腕を摩った。
「どこ、に、いる…の?」
何も見えない。人の気配すらないこの場所。果たして本当に栄口はここにいるのだろうか。まさか、声も出ずに倒れているのではないだろうか。
ゾクッと足元から体に何かが走った。
嫌な予感がする。
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