ゆめ6

□月世界で食べた砂糖菓子
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軽い軽いと言われるあたしでも、一応最低限のルールは持ち合わせている。お金を挟まない。双方の合意の上。悲しいセックスはしない。これを守るだけで比較的ハッピーライフが送れる。せっかく気持ちいいことするのに、嫌な気分が残ったら意味がない。あなたもハッピーあたしもハッピー、じゃあまた寂しくなったら呼んでね、あたしも呼ぶから。それが一番後腐れなくていい形なのだ。ただ1人だけ、その枠に入らない男がいる。スクアーロだ。別にお金が動いてるわけじゃないし無理矢理ヤるわけじゃないし、悲しい気持ちになったこともない。誰よりも甘い、誰よりも特別な存在。他のすべての人間を失くしても、スクアーロだけは傍にいてほしい。じゃあチャラチャラ遊んでんのやめてスクアーロとちゃんと付き合えば、ってよく言われるけど、まだ他のすべてを失うのも怖い。たくさんのひとに支えていてもらわないと、どうにかなってしまう。あたしが好きで必要なんだよって言ってもらわなければ、存在する価値がない。あの日、スクアーロがいなかったらあの場で死んでもよかった。3年前、任務で大失敗して、部下も全員殺されて敵ファミリーのアジトで捕まって。散々回されてすごく惨めで涙さえ出なくって、声ひとつ上げられなかった。絶望の中助けに来てくれたのがスクアーロだった。たった1人で斬り込んで、あたしの名を叫んで。群がる男たちを斬って蹴り飛ばして、2人しかいなくなった静寂の血の海の中、スクアーロの息遣いだけがやけに大きかったような気がする。ぼろぼろのあたしを見て悲しそうに眉を潜めたスクアーロの瞳に映っているのがすごく嫌で、お礼も何も言えないまま俯くしかなかった。大丈夫か、とか、迎え呼んだから、とかやけに優しい声で、やけに優しい手付きで自分のコートをあたしの肩にかけてくれた。


「死にたい」


呟いた言葉にスクアーロの動きが一瞬止まったのがわかった。ヴァリアー幹部としても、女としても、もう終わった気がした。もう何も見たくない。


「死なせるかよ」


こんなに強く抱き締められたのは、初めてだった。スクアーロのこんな辛そうな声を聞いたのも。なんで。


「好きだ」


ずっと好きだった。なのに公私共に荒れるお前を止められなかった。任務失敗と聞いていてもたってもいられず許可もとらずここへ来た。ぼろぼろのお前にかける言葉かどうかわからねぇが、生きててくれて本当によかった。ぽつりぽつりと小さく吐き出される言葉。抱き締める腕の強さが身に染みる。あたしを大切にしてくれる人は、こんな近くにいたんだ。身体だけじゃない。暖かさと安心感と感動から涙腺が緩んで、わんわん泣くあたしにスクアーロはいくつもキスを落としてきた。さっきまでの行為の痕跡が残ってて汚い、そう言っても舌を絡めてくるのをやめなかった。スクアーロとの関係が始まったのはそこからだった。不安で寂しいあたしが他に逃げ場をいくつも作ってもスクアーロはずっとあたしを繋ぎ止めてた。愛のない売春セックスじゃなくなっただけ幾分ましだと譲歩してくれたのかも知れない。それほど直後は壊れそうに見えていたのか、壊れていたのかはわからない。ベクトルの違う荒れ方は誰が見ても明らかだったようで、各々が心配してくれた。ただひとり、ベルを除いては。


「売りやってるくせに何でレイプで傷付くの?」


お前に何がわかるんだよ。ブチ切れて記憶も曖昧なほどガチの殺し合いだった。他の幹部勢が止めに入っても収まらず、Sランク任務でも負ったことのないような大怪我で2人してしばらく使い物にならなかった。こんなんでクビにならなかったことが奇跡。元々気が合わなかったがこの1件で決定的に亀裂が入った。最近ようやく雑談程度はするようになったが、当然任務なんか何があっても組ませてもらえない。別にいいんだけど、背後絶対任せたくないし。










「10年バズーカ」


それってあれでしょ?ボヴィーノのタイムスリップ弾のやつ。そう言うとマーモンがそうだよ、と頷いた。どうも非常に性質の似た弾を試作品ながら作ることに成功したらしい。実践投入ではなくプライベートで売るために作ったって、いいねマーモン。そういう楽しいの好き。


「それであたしで試し撃ちでしょ?」

「話が早いね。いいかい?」

「いいけど安全?」

「理論上はね。帰ってこれないとか流石にそういうのはないつもりだよ」

「いいよー!…あーでも怖いね、10年後死んでたらシャレになんない」

「…その場合どうなるのかは興味深いけどね。そうじゃないことを祈るよ」

「色恋沙汰では殺されたくないなあ…」


せめてヴァリアーとしてのプライドを守るため任務で死にたい。やはりないとは言い切れないのか、マーモンがそうだね、と相槌を打った。


「そう思うなら大人しくしたら。君が出掛ける日は隊長が機嫌悪いんだよ」

「うっそ、ほんとに?てかマーモンもスクアーロ推しなんだね」

「まあ他に誰と付き合ってるのか知らないしね。…じゃあいくよ」


えっはやっ!驚きも口に出せぬまま間髪いれずに目の前が真っ白になった。ちょっとは心の準備ってもんが…。一瞬の浮遊感のあと、そっと目を開けた。成功した?とか生きてた?とか、そんなのを全部吹き飛ばすほどの衝撃で思考が止まった。


「…あ?」


あたしの上にスクアーロ。でもちょっと違う、髪が、前髪が長い。これ10年後のスクアーロだ。ていうかこれどういう状況?押し倒されてるし、これ昨日も同じアングルで見た覚えあるし、ああそうか、10年後もお付き合いしてるんだ、ていうか、ていうか。10年後のスクアーロなんていうか、色気やばくない?パニくるあたしを余所に、スクアーロはスクアーロで少し不思議そうな顔をしながらあたしの頬や髪を撫でている。なんか、手付きも変わらないけどちょっとやわらかくなってる。スクアーロもあたしのこと大切そうに触るけど、10年後のスクアーロはもっと、かも。


「…ああ、10年バズーカか?」

「う、うん」

「じゃあ20歳か。…でもまあそんな変わらねぇな」


あ、老けてなくてよかった。微妙に状況に似つかわしくない安堵をしたものの、色気ばりばりのスクアーロに至近距離で見つめられて鼓動がうるさいまま治まらない。32のスクアーロかっこよすぎるだろやばい。あたしの胸の高鳴りを知ってか知らずか、スクアーロがそっとおでこに口付ける。もう、やば、こんなドキドキするの久しぶりで恥ずかしい!


「っ、すく、」

「…お前こんな初々しかったか?すげぇ可愛い」

「だ、って」


目を細めて笑う。ああ、でも22のスクアーロとおんなじだ。その嬉しそうにあたしを見つめる瞳。変わってない。


「20っつったらお前まだチャラついてる頃だろ。心配してたんだぜぇ」

「チャラ…。別にスクアーロ公認だし」

「いい気はしねぇだろ。まあ今となっちゃどうでもいいけどな」


更に頬や首筋にキスを落としてきて、くすぐったいとか恥ずかしいとかエロいとか、色々思うことはあるのだけれど、それより1つ気になった。


「…今となっちゃ、って、何?」


スクアーロは遂にあたしを見放してしまったんだろうか。その他大勢のような、ただのセフレの1人になってしまったのか。だとすれば恐らく絶対あたしの身の振り方のせいだろうが、淋しさが一気に襲いかかる。10年後もあたしはこんななんだな。ずっとこんな淋しいままなら、色恋沙汰でもいいから刺されて死んでおきたかった。表情が陰るあたしに気付いたのか、スクアーロが額を軽くぶつけてきた。


「う゛ぉぉい、何勘違いしてんのか知らねぇが、多分お前が考えてることと未来は違うぞぉ」

「…え?」


違うってどういうこと。口を開く前に、塞がれた。


「…んっ、!」


触れるだけだったキスが角度を変えて、スクアーロが深く入り込んでくる。や、ばい。キス上手すぎる。舌が絡んできて気持ちよくて、思わず腰が動く。それに気付いたスクアーロが余計密着してくる。現代でも誰より気持ちよくて上手で、誰よりあたしを愛しているであろうスクアーロが、10年経っても変わらずどころかこんなにも増してあたしを愛している。それがもう痛いほど伝わってきて、何だか涙腺が緩む。なんで?どうしてこんなに、暖かいの?下唇を甘く噛んでようやくスクアーロが離れていく。


「…なんで…」

「…いい加減気付けよぉ、お前には俺しかいねえって」


そして耳元で囁かれた言葉に思わず目を見開く。にんまりと笑ったスクアーロがもう一度頬に唇を落としてきた。


「ねえっそれ、……っ!?」


目の前が真っ白になった。デジャヴ。あ、時間切れね、そうだった。そっと目を開けるとマーモンがあたしの手を握ってきた。よかった、ちゃんと帰ってこれたみたい。


「お帰り。ちゃんと10年後も生きててよかったね、あんまり変わってなかったよ」

「そっか…」

「性能は問題なさそうだね、気分悪いとかないかい?ちょっと体温高いみたいだけど」

「え?ああ、大丈夫、バッチリだったよ」


じゃあ次回は滞在時間を伸ばそう、とマーモンがメモをとっていく。顔も胸も熱い、鼓動が治まらない、あんなキス、反則だよ。それに去り際のあれは、どうしてもいい方に考えてしまう。まさかそんなわけない、期待して絶望するのなんてもう懲りてる。必要以上に傷付きたくないのなら、いつだって悪い結末を想像しておくべきだ。


「そうだ、よかったね。色恋沙汰で刺されてなくて。隊長と落ち着いててよかった」

「……え、」

「あれ?向こうで聞かなかったのかい?隊長と結婚して安泰に暮らしてるって」



「もうお前は俺のもんなんだからよぉ、一生離さねぇよ」



やっぱ、そういうことでした。



月世界で食べた砂糖菓子




title:両手

(160619)

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