ゆめ6

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「忘れなよ」

マーモンが言った。呪いが解けて10年前より成長した姿は、少しだけ頼りに出来そうだと思った。あたしより一回り小さな手が心配そうに重なり、気遣うように握りしめられる。思ったよりもマーモンの手は温度が高くて、やっぱり可愛いなあ、と思った。「忘れてることすら忘れられないの」いくら目を閉じても消えない。マーモンに何度もかけてもらった幻術も打ち払ってずっとあたしの中にある。どうしてこんなに悲しいの。ねえマーモン、どうしてマーモンまでそんな悲しい顔するの?あたしの問いにマーモンは俯くだけで、赤ちゃんの時のようなあの結んだ口をしたまま手を握り直した。



「これをやる」

レヴィが言った。ぶっきらぼうに差し出された手を数秒見つめていると、早く取れ、と催促されてしまった。小さな包みに入っていたのはあたしが好きなブランドのチョコレートだった。なんで、わざわざ買ってきたの?レヴィが?そう聞くとたまたまだ、と目線を逸らされてしまった。けど明らかにあたしのために用意されたもので、きっとあたしを元気付けようとしてくれたんだな、と思うと嬉しかった。でも元気のない理由がわからない。「あたしは何をなくしたの?」レヴィが目を合わせてくれることはなかった。



「似合うわよ」

オフの日にルッスがショッピングへ連れ出してくれた。あんたに絶対似合うと思ったの、そう言って首に巻いてくれたふわふわのファーティペットはとても可愛くて、思わず顔が綻んだ。嫌みのない色だからあんたの髪色にもよく合うし、服も選ばないで使えるわね。ルッスが喋っているはずなのに、ちらりと脳裏に別の顔が浮かんで消えた。ファーが似合うって言ってくれたのは、誰だったっけ?「思い出せないよ」悲しそうに困ったように眉を下げて、それはあたしからのプレゼント、とルッスが笑った。無理に笑ってくれているとわかったけれど、あたしの何に気を遣ってくれているのかもわからなくて、ありがとうとぎこちない笑みを返すしかなかった。



「やめれば」

返り血にまみれたベルが、同じく返り血にまみれたあたしに言った。やめるって、ヴァリアーを?なんで。曲がりなりにも十数年暗殺やってきて、そこらのヒットマンに負けない自信くらいはある。大体今更マフィア抜けられるわけないじゃん。別にいんじゃね?お前表の世界でもやってけそー。背を向けて言うベルの真意がいつも以上に読めなくて、なんと返したらいいのかわからない。ああでも、前にもこんな、「そんな泣きそうな顔しないで」これ以上手を汚さなくてもいいって。辛そうな顔がよぎる。泣きそうなのはベルでもあたしでもなかった。ベルが振り向いて泣くわけねーだろ、と言ったけど、言葉尻が心なしか震えていたような気がした。



「眠れないんですかー」

いつの間にか背後にいたフランが驚かさない程度のトーンで言った。もう深夜と呼んでいい時間にたまたま談話室で会うなんてあるだろうか。きっとあたしがここ数日夜更けまで時間を潰していることを知っているのであろう。正面のソファに腰を下ろし、机の上の果実酒に手を伸ばした。毎晩アル中になりそうなくらい飲んでるのに案外普通ですねー。酒にすら溺れられないんだよ。小さな乾杯の音が響く。「わからないのになんでこんな悲しいのかな」今夜4杯目のグラスも味がしなかった。



「少し休め」

ここに配属されて10数年、そんなこと言われたのは初めてだった。任務に支障出てるくらいあたしおかしいですか?辛気くせぇ顔見るのが不快なだけだ。ボスにまでそう言われてしまってはもう反論の余地もない。頷くしかなかった。仕事も出来ないなら此処にいる意味がない。急に不安が襲う。見透かしたようにボスが口を開いた。お前までいなくなるな。目を伏せたボスから視線を外せない。お前まで、って。まるで既に誰かがいないみたいじゃないですか。「───あ、」

─────あぁ。
もういないんだ。…そうだ、いないんだったね。


「…スクアーロ…」


涙が溢れ出して止まらない。こんなに大好きで悲しくて苦しいのに、きっとまた明日には忘れてしまう。忘れたくないのに忘れてしまう。あたしの頭を胸に抱き寄せたボスの腕が少し強くて痛かった。マーモンにもレヴィにもルッスにもベルにもフランにも同じことを何度もして息が詰まるほど泣いたのに。どうしても現実が受け止められない。



「ごめんね」


あなたのいない世界では生きられない。



(180429)

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