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嫌な予感は、していたのだ。
だけど、それがまさか、こんなに早くだなんて。
きっと、彼には分かっていたのだろう。
迷う時間が長くなる程、行動を起こすのに勇気がいる。
いっそ勢いで動いてしまうほうが楽なのだと。
どうして。
何も言わずに出て行ったのは、迷いを捨てるため。
分かっているのに、それにショックを受けている自分がいた。
どうして。
驕って、いたんだ。
風丸さんがいるべきなのは僕のとこなんだって、人間に取られる筈なんかないんだって、無意識に考えてた。
風丸さんがどんなに彼の事を好きなのか、分かっていたのに。
ぎり、と唇を噛み締める。
自分の認識の甘さが悔しくて仕方なかった。
「学校、いかなきゃ」
風丸さんが朝いなかった、そんな理由でサボるわけにはいかない。
それに、もしかしたら、もしかしたら、風丸さんは、学校に先に行っただけなのかも、しれないし。
そんな筈ないと分かっているのに、往生際悪く考える自分に苦笑した。
頭の隅では、どうにか彼がいない正当な理由を見つけようと必死だ。
例えば、昨日学校に宿題を置いてきてしまっていたり、例えば、誰か友達に呼び出されていたり、それで、僕より先に出ただけなんじゃないかって。
そんな事を考えながら学校に向かう。
教室に着いて鞄を下ろしてすぐ、彼の教室へ行った。
こっそりと覗いて見るが、風丸さんの姿は見当たらない。
最後の僅かな望みも打ち砕かれた。
覚悟はもう出来ていたから、然程のショックはない。
納得出来るかは別にして。
僕はひとつ息を吐くと、その場を立ち去ろうとした。
しかし、それを後ろから引き留められる。
「宮坂、ちょっと、」
そうして腕を引かれ、断る間もなく教室から少し離れた所へ連れて行かれた。
見れば、僕の腕を引いたのは半田さん。
風丸さんのクラスメイトで、よく一緒にいた。
その横には、松野さん。
彼も半田さんと同じで、風丸さんとよく一緒にいた。
まぁ、彼の場合は、半田さんと一緒にいるようなイメージが強かったけれど。
「……なんですか」
僕たちの共通点は風丸さんだけだ。
彼の話だろうとつけた予想を裏切らず、風丸の事、と半田さんは口を開いた。
「あのさ……風丸、いつからいなかった?」
風丸さんがいなくなったのを知っているような口ぶりに疑問を覚えつつも、起きた時には、と正直に答えた。
「そうなんだ……じゃあ、やっぱり」
「?」
「あ、いや、その、さ」
言い難い事なのか口籠る半田さん。
それに痺れを切らしたのか、イラついた様に松野さんが口を出して来た。
「風丸が朝早く、あの怪しーい科学者が住んでる方面に向かったのを見た奴がいるんだよ」
それで、風丸さんが登校して来ないものだから、クラス内が騒然としているらしい。
「あっちはあの人以外に住んでないしね。……実際のところ、どうなの?」
「どうって」
「風丸が向かったのは、あそこなの?」
「多分、そうだと思います」
あの人は、人間になれる薬を持っているって、みんなが知っている様な噂がある。
風丸さんも当然それは聞いた事があるだろう。
それで、その薬を、もらいに行った。
驚く程に筋が通った話だ。
まず間違いではないだろう。
「人間になれる薬……本当に、あるんですかね」
「あるんじゃない?あの人の噂、嘘だった事殆どないし」
どこでそれを立証したのか、さらりとそう口にする松野さん。
僕は肩を落とすしかなかった。
それが本当なら、風丸さんが戻ってくる事はないだろう。
人間になって、そのまま。
そこまで考えて、ひやりとした。
風丸さんが、僕のなにより嫌いな、人間になる。
これ程までに恐ろしい事はない様に思えた。
人間になっても、風丸さんは風丸さんだ。
僕の大好きな彼には変わりないだろう。
そう思う、けど。
僕の人間嫌いは条件反射の様なものだと自覚していた。
もし、人間になった風丸さんと会った時、彼を好きだという感情はどうなるのだろうか。
それを考えると、恐ろしくて仕方がなかった。
2011*03*30