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□帰り道の小さなできごと
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帰り道のことだった。
蒼いポニーテールという、他にいない特徴的な髪型を前方に見つけた。
とりあえず陸上部の人たちに挨拶して、彼に駆け寄る。
「風丸さーん!!」
普段あまり出さないような大声を出して、彼を呼び止めた。
考え事でもしていたのだろうか。
風丸さんは、大袈裟なくらい驚いた顔で僕を見た。
それから、ホッと一息。
名前を呼んだのだから、知り合いに決まっているのに。
「こんにちは」
「……もう、殆んどこんばんはの時間だけどな」
隣に並んで挨拶すれば、苦笑してそう返してきた。
その表情に、胸が高鳴った。
(変わらない、な)
いつも不安だった。
サッカー部に行ったことで、風丸さんが変わってしまうんじゃないのか、と。
でも、こうして話す度に僕の考えは杞憂だったのだと気付かされる。
陸上をしていても、サッカーをしていても、風丸さんは風丸さんなんだ。
当たり前のことかも知れないけれど、僕にとっては何よりも大切なことだった。
「陸上部は、どうだ?」
「あ、聞いてくださいよ!!僕こないだ大会で準優勝したんですよ」
「すごいじゃないか」
まるで自分のことのように喜んだ様子で、僕の頭を撫でる。
その穏やかな表情に、胸の奥がきゅんとした。
サッカー部に移ったばかりの頃は、陸上部の話をすると、風丸さんは切なそうな表情を浮かべていた。
もう、あの頃のような迷いは持っていないのだろう。
それに少し寂しさを感じるけれど、きっとこれでいいのだと、思う。
元々穏やかな人だったけれど、サッカー部でのあれこれを乗り越えてからの彼は、優しさも強さも増した気がするから。
多分これは、風丸さんに必要なことだったんだ。
「もう少しで優勝だったんですけどね……やっぱり決勝だと速いや」
「はは、そうだよな」
「風丸さんが一年の時に優勝した大会だったから、優勝、したかったんですけどね」
「、」
思わず洩れてしまった言葉に、風丸さんは驚いたようだった。
やっぱり重い、かな。
「すみません」
「いや。……嬉しいよ。まだ目標にしてくれているなんて思わなかったからびっくりして」
「風丸さんは、ずっと僕の目標で、憧れですよ」
「そっか、ありがと」
照れたように笑う風丸さんはやっぱり素敵で。
(……好き、だなぁ)
陳腐な言葉だけれど、本当に、胸が堪らなくドキドキするのだ。
躊躇いながらも、僕の指を風丸さんのそれと絡めた。
「、宮坂」
「恋人、なんですよね、僕たち」
いかんせん僕には勿体ないものだから、信じきれずに。
そう問えば、風丸さんは、小さく頷いた。
顔を真っ赤にしているのが可愛くて、とても愛しく思った。
「宮坂、俺今風邪気味だから、近づかない方が」
「はは、」
照れ隠しなのだろう。
風丸さんはそんな小さな嘘をついた。
まぁ、実際嘘じゃないのかも分からないけれど。
この時期、風邪をひいている人は結構いるし。
「寒い、ですね」
「そうだな」
「……」
「……」
会話が途切れる。
先輩後輩の部活に関する話題ならいくらでも話せるのに、なんというか、こう、恋人同士、という雰囲気には未だ慣れずにいた。
告白したとき、本当ならすぐに夢見てたラブラブとした空気になるのかと思っていたのだけれど。
現実は、風丸さんが予想外に照れ屋だったり、僕も積極性で押しきることもあまり出来なかった。
「宮坂、コンビニ寄るか?」
「い……いや、はい」
そこは雷門の生徒が頻繁に使用するコンビニ。
僕は別にお腹空いてもいなかったのだけれど、行くことにしたのは、少しでも風丸さんと一緒に居たかったからだ。
僕は適当に温かい飲み物を選んで購入する。
風丸さんは肉まんを買っていた。
「お腹空いてたんですか」
出入り口を通り抜けながら問えば、風丸さんはまぁなと小さく笑った。
「練習、結構キツいから」
「あぁ、頑張ってますもんね」
「……ははっ」
「な、なんですか」
「宮坂、俺がサッカー部の話しても嫌な顔しなくなったな」
「……あ、」
今でこそ、それを受け入れられているけれど、少し前まで風丸さんを奪ったサッカー部が、嫌で仕方なかった。
深く考えていなかったけれど、それは風丸さんを傷付けていたかもしれない。
「あの、その……ごめんなさい」
今更だとも思うが、謝った。
風丸さんはそれに二、三度瞳を瞬かせると、堪えきれないというように笑いを溢した。
「いいんだ。宮坂が俺のこと考えてくれてたことは伝わったから、さ」
「、」
彼は、分かってないんだ。
風丸さんがこういうことを言う度に、僕の心がどんなに幸福に満たされているか。
衝動に任せて、風丸さんに抱き着いた。
人がいないことはちゃんと確認して。
彼の口元に肉まんの欠片が付いているのを見つけて、それを舐めとった。
「な、宮坂!?」
「……風丸さんが可愛すぎるのがいけないんですよ」
「お、っ前な……路上でこういうこと、」
真っ赤になって捲し立てる風丸さんの口をキスで塞いだ。
触れるだけのそれなのだけれど、風丸さんは半ば放心状態だ。
そんな彼を見ているとなんだか僕も途方もなく恥ずかしいことをしたような気になって、思わず顔を逸らした。
それから、さっきしたように、再び手を繋いで。
(帰りましょう、か)
(……あぁ)
2010*12*17
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