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□触れた場所から広がった熱
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朝特有の、肌寒い空気にぶるりと身体を震わせた。

まだ空が白み始めた程度の時間。

何故こんな早朝に外にいるのかというと、昨日の晩、恋人である綱海に「明日の朝、外で待ってる」というようなことを言われたから。

よく考えれば朝としか聞いていなくて、詳しい時間などが分からないことに遅れて気付いたのが就寝前だった。

息を吐けば、うっすらと白く曇る。

流石に早すぎたか、と周りを見回して嘆息した。

そんな予感はしていたけれど。

でも、目が覚めてしまったから仕方ないのだ。

もう少し待ってから外に出るというのも考えはしたが、もしももう綱海が待っていたらと思うといてもたってもいられなかった。

とりあえずは適当な場所に腰を下ろそうと足を踏み出したとき、背後から人の気配、それから、聞き慣れた声。

「あー……寒、」

振り返れば、恐らくさっき俺がしたのと同じように、身体を震わせている綱海。

今しがた出てきたばかりの彼は、一拍遅れて俺に気付き、たたと駆け寄ってきた。

「うわっ、風丸早ぇな……待ったか?」

「いや、俺も今来たところだ」

「そっか」

ごめんな!と豪快に笑ってみせる綱海を見れば、こちらまで笑顔になってしまう。

さっきまで感じていた寒さが少し紛れたような気がした。

「それにしても、こんな寒いとは思わなかったぜ」

「そうだな。……それに綱海、半袖だし」

俺は一応、上に薄手のパーカーを羽織っているものの、綱海はTシャツ姿。

彼はそれに今気付いたようで、俺と自分を見比べてから、ほんとだな、と笑っていた。

「二人で朝の散歩でもしようかと思ったんだけどな」

「止めとくか?」

「んん、」

問えば、一瞬綱間は迷うような素振りを見せたものの、すぐに思い直したように俺を見た。

「行こうぜ。ちょっと寒ぃけど、風丸といればあんまり気にならねぇし」

そう言い、屈託のない笑顔を見せられ、不意に心臓が脈打った。

どきりという音がしたと共に、身体が少し火照るのを感じる。

「……そうだな」

俺も、綱海といれば寒さなんて気にならなくなりそうだ。

そう言って笑い返してから、彼の隣に並ぶ。

どちらからともなく手を繋いで、朝の散歩を開始した。

朝特有の澄んだ空気に、聴こえるのは鳥のさえずりや、近くにある海の満ち引きの音だけ。

そんな中を綱海と他愛ない話をしながらぶらついて行く。

なんの意味もないような時間だからこそ、穏やかで、酷く大切なもののように思えた。

「あ、リス」

「え?どこだ?」

「ほら、あそこ」

指差せば、綱海はおぉと感嘆の声を上げ、嬉しそうにそれに駆け寄った。

沖縄育ちの綱海にとって、野性動物なんてたいしたものではないはずなのに、子供みたいな表情をするのがなんだか可笑しくて吹き出してしまう。

綱海はリスに触れようと手を延ばすが、向こうは一切寄ってくるそぶりも見せずにそそくさと姿を消してしまった。

「あ、逃げられた」

「そりゃあそうだろ」

「ちえー」

唇を尖らせ、名残惜しげに木を見るも、生憎リスの姿はもう見えなくなっていて、綱海は少し残念そうにしながらも、再び歩き始めた。

それから数分。

小さく一周して、俺たちは元いた場所に戻ってきていた。

話が最中だったため、そのまま部屋には戻らずにその場で留まり言葉を交わす。

「……そろそろ、戻るか」

そして、会話が一段落して、ふと見れば太陽もしっかり空に昇っていたのでそう言ってみれば、綱海は一度頷きかけてから。

「あ、いや、ちょい待ってくれ」

「ん?」

「えー……と。戻る前に一回キス、いいか?」

瞬間。ぼっと頬が熱くなるのを感じた。

綱海の真っ直ぐに思ったことを口にするところは、好きなのだが。

こういうときばかりは、わざわざ口に出さなくても、と思う。

というか、許可を取るのを止めて欲しい。照れる。

羞恥で俺がなかなか動けずにいると、何を勘違いしたのか、綱海は少し眉を下げた。

普段見ないような表情に胸が痛む。

俺は向き合った綱海の手を握ると、こっそりひとつ深呼吸して、背伸びをした。

唇を綱海のそれに押し付けるようにして、けれどやはり恥ずかしくて一瞬で離す。

そうして足を下ろしたと同時に更に恥ずかしくなって。

「、風丸!!」

綱海の声を背に受けながら、しかし振り返ることもできずに部屋まで走っていく。

駆け込んだ自室で、ベッドに顔を押し付けた。

上がった熱は、暫くの間収まることがないように感じた。













2011*02*05



 

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