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□君の瞳が震えてる
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彼は確かに存在していて、けれど他人には視認出来ない。

何故なら彼は、俺の中にしか存在し得ないのだ。

自分の中に他人(というには彼はあまりに俺なのだが)がいる。

酷く不思議な感覚であった。

二重人格のようではあるがそれとは違う。

彼は、外には出て来ない。

俺の中でじっと息を潜めて、たまに俺に語りかけてくるのだ。

俺が彼の姿を見れるのは、夢の中だけであった。

夢なのにひどく感覚が鮮明で、記憶が薄れることもない。

俺は対峙した彼の瞳が苦手だった。

睨み付けるように暗くて、しかし何処か揺らいでいる、それが。

過去に自分が彼だった。それは確かであるはずなのに。

「、風丸」

呼ばれて、振り向く。

何もない空間。

(……いつの間に俺)

寝ていたのだろう。

ここは、いつも彼と話すときの場所だった。

現に、目の前には彼。

やたら静かな空間の中に二人の息遣いが小さく反響する。

「……風丸って、お前もそうじゃないのか?」

「まぁ、そうだけどな」

自嘲するようにそう返される。

俺は、未だに彼との距離感を計りかねていた。

そうしていると、彼の方から一歩近付き、俺に触れた。

浮かんでいるのは、小さな笑み。

「、どうして、そんな顔」

「俺は、もう消えなきゃいけない」

「……何で」

「必要ないから」

きっぱりと告げられ、心臓が嫌な音を立てた。

「、嫌だ」

「……」

「お前がいないと、俺はきっと忘れてしまう……忘れちゃ、いけないんだ」

それが、どんなに嫌な記憶だったとしても。

それに、俺は既に彼へ情が沸いていた。

自分自身相手に、バカみたいだとも思うが。

「いてくれよ」

それは、お願いであり、命令だった。

こいつは俺の中に居る、だから、俺の意思には逆らえない筈だ。

彼は、少し驚いたような顔をして、微笑んだ。

それは、今まで見た中で、一番綺麗な、笑みで。

「……ありがとな」

小さく呟いた声は、辛うじて聞き取れた。

それに、動悸が早まったのは何故か。


(彼は俺である筈なのに)














2010*02*10


 

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