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□君に愛しさが募るたび、
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右手に持った紙袋には、チョコレートの山。
細い持ち手は手に食い込んで、この袋を選んだことを酷く後悔した。
いや、そもそも、こんなに貰うとは予想外だったのだ。
中学初めのバレンタイン。
つまり去年も予想外に貰って驚いたものだが、今年はそれをゆうに越えている。
俺だけでなく、サッカー部、特にFFIに出場したメンバーは、かなり貰っているようだった。
豪炎寺なんかは軽く紙袋二つ分ぐらい。
まぁあいつは、転入当初から人気だったし。
そんなことを考えていると、後ろから俺の名前を呼ぶ声。
振り向けば、遅れてすみません、と頭を下げる音無の姿。
その際に俺の紙袋を直視したようで。
「うわぁ、すごい量ですね」
「まぁ、豪炎寺や鬼道ほどじゃないけど」
「あはは、そういえばさっき、お兄ちゃんと会ったんですけど、チョコに埋もれて目白黒させてました」
帝国は男子校だから、今までそういう経験が全くと言っていい程なかったらしい。
教室で、大勢の女子からチョコを突き出されたときの鬼道の顔は、確かに普段フィールド上で俺たちを仕切っているとは思えないような表情だった。
「で、それだけ貰ってるとこ悪いんですけど、私からです」
「ありがとう」
音無は鞄から取り出し、可愛らしい包みを差し出す。
「チョコはたくさん貰うだろうから何か違うものを……って思ったんですけど、思い付かなくて。ガトーショコラです」
「へぇ、食べるの楽しみにしとく」
言いながら、音無から貰ったそれをスクールバッグに入れた。
音無とは、一応、付き合って、いる。
だから、他のものと混ぜてしまうのが躊躇われた。
いや、紙袋に入れたとしても、音無から貰ったものを見失う筈がないのだが。
丁寧に袋をしまってから、今度は俺が、コートのポケットから小箱を取り出す。
「えー……と。これは、俺から」
「へ?」
「……チョコ」
「うわぁ、もしかして、こないだ逆チョコの話したの覚えててくれたんですか」
「……あぁ」
覚えてたもなにも、あんなに熱く語られたら忘れる筈もないだろう。
しかもあたかも「逆チョコください」のノリで言っていたし。
とはいえ、やはりこれだけ喜ばれると、純粋に嬉しい。
「買ったやつだけど」
「分かってますよ」
包装見れば、と笑われ確かにと納得する。
本当は、手作りも考えた……というか手作りにしたかったのだが。
親がいる手前、やはり手作りするのは少なからず恥ずかしかった。
「開けてもいいですか?」
「え、いいけど」
「ありがとうございます」
そう言うと音無は丁寧に包装を剥がし始めた。
露になったそれを見て、音無は目を丸くする。
「、すごい高そう……なんですけど」
俺は何とも言えずに押し黙った。
実際、そこそこの値段はしたのだが、それは俺が好きで使った訳で。
そもそも俺は、音無に喜んで貰いたくてそうしたのだから、こういった表情を見せられると少々、こう。
「……嫌、だったか?」
「いえ、そんなことないです」
「じゃあ、重かった……とか」
自分で言ってから、ちょっととはいえ熱くなってしまったことに驚く。
しかも、やたらと女々しい発言。
言い様のない後悔に襲われて、少し歩く速度が早まった。
微妙に距離が開いた辺りで腕を掴まれる。
「風丸さん」
後ろから優しく名前を呼ばれて、いたたまれない気分になった。
「嬉しいですよ。本当です」
そう言った音無は俺の前に回って、正面から微笑みかけてくる。
それから、右手を伸ばして、俺の頭の上へ。
「、ちょ」
子供にするみたいな動作にどうしようもなく恥ずかしくなったが、振り払うわけにもいかず、そのまま硬直した。
最初は抵抗の視線を送ってみたりもしたが、あまりに彼女が上機嫌にそうしているものだから、途中でそれも諦めた。
「風丸さんって、たまに可愛い、ですよね」
「……」
「あ、怒りました?」
「……いや」
怒ってない。怒ってないのだ。
むしろ、怒れないのが嫌なのであって。
本当なら、可愛いなんて言われたら、嫌がるべきなのだと思う。不本意だと。
けれどもうっかり、嬉しいだなんて思ってしまった自分にちょぴり呆れてしまった。
(音無の方が可愛いと思うけど)
(ふふ、ありがとう、ございます……っ)
(そんなに笑うなよ……!)
タイトルは星になった、涙屑様より
2011*02*14