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□切なさは海に流して
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テレビを点けたら、たまたま、陸上のライブ中継をやっていて。

(……懐かしいなぁ)

数秒だけど、その中に詰まった充実感とか、そういうものをぼんやりと思い出しながら、テレビを眺めた。

そうしているうちに、ほんの少し、恋しくなった。

暫く触れていなかったケータイを取り出し、電源をつける。

連絡、いつでもしてきてくださいね。

日本を発つ前、そう言って笑った宮坂を思い出す。

緊張することでもない筈なのになんとなく気張りながら彼の名前を表示。

一度、あー、と小さく声を出してみてから。

決定ボタンを押して、ケータイを耳に押し当てた。

プルル、と規則的な機械音が耳に流れる。

二回目のコール音の辺りでそういえば全く時差を考慮しなかったことに気が付いて、後悔。

今、向こう何時だろう。

時計を見て計算しようとした時、途切れた呼び出し音、応える声。

『――風丸さん?』

電話に出た宮坂の声はどことなく幼く聞こえて、ついさっきまで寝ていたのであろうことを窺わせる。

「ごめん、寝てた……よな?」

『あ、いえ、寝て……ましたけど。でも、大丈夫です』

「すまん」

『いえ……むしろ、嬉しい、ですから』

えへへ、と照れたように笑う声が聞こえてこちらも少し恥ずかしくなった。

『……どうか、したんですか?』

「特に、何って訳でもないけど……ちょっと、声、聞きたくなって」

『、』

宮坂が、小さく息を飲んだのが伝わった。

『……嬉しい、です』

「ん、」

『……』

「……今な。テレビで、陸上やってて。それで」

『、あぁ』

到底、恋人らしくない、ぎこちない会話。

話したいと思っていたことはたくさんあった、筈なのに、いざとなると、全部吹っ飛んでしまって。

『……陸上、またやりたいとか、思ってないんですか?』

「やりたくない訳じゃない、けど」

『、そう、ですよね』

淋しげに呟かれて、少し罪悪感。

宮坂は、何だかんだ言って、俺に戻ってきて欲しいようだった。

「日本に戻ったらさ。一緒に、どっか行こうな」

その埋め合わせというわけでもないけれど、デートの誘いをかけてみる。

俺が自分から誘うことがなかなかないからだろう、宮坂は弾んだ声で答えた。

『いいですね、嬉しいです!』

電話の向こうで、楽しそうに笑う宮坂の顔が容易に想像できて、胸が暖かくなった。

俺は、宮坂の笑顔が好きだ。

無邪気なそれは、見ているとなんだか幸せになる。


「会いたいな」


呟いた声は、無意識に漏れ出たものだった。

言ってからそれに気付いて咄嗟に口をつぐむが、当然それは無意味なわけで。

二人の間に落ちる沈黙が、気恥ずかしかった。

数秒の静寂の後、がたりという音が微かに聞こえて、それから。

『か、風丸さん!!』

「、な、なに」

『大好きです!!』

「な――」

向こうも向こうで動揺しているらしい。

感極まったようにそう言われ、思わずケータイを離しそうになった。

「もう、寝るから、切るな!!」

恥ずかしくて、嬉しくて、どうしようもなくて。

これ以上話していると心臓が張り裂けそうな気がしたものだから、そう言ってボタンに指をかけた。

『待ってください!!最後にひとつだけ、』

「……うん」

『試合、頑張ってください』

「……あぁ」

少しの躊躇いを含んだ言葉に、強く頷く。

きっと、ずっとこれを言いたくて仕方なかったんだろう。

「ありがとう。……また、連絡する」

『は、はい!!』

じゃあ、とどちらからともなく言い交わして、電話を切った。

数分間で熱を持ったケータイは、またすぐに冷えてしまうのだろうけど。

俺はこれで、暫くは真っ直ぐに頑張れる気がした。














タイトルは虚言症様より


2011*02*15



 

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