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□あなたの手の温もり
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飲み物を買おうと宿舎の外の自動販売機へ向かう。

夏の夜の蒸し暑さに、飲み物なしで耐える事は俺にはできそうになかった。

飲むだけなら、冷えた水やお茶が用意されてはいるが、どうも炭酸が飲みたい気分で。

がたりと落ちてきた炭酸を手に取った、丁度そのタイミングで、後ろから声がかかる。

「あれっ、佐久間さんじゃないですか」

奇遇ですね、と、音無は続けた。

振り向いて見れば、彼女の手には小銭入れと思しき物が握られている。

「音無も飲み物か?」

「えぇ」

頷いた音無は俺と入れ替わりに、自動販売機の前へ立つ。

特に飲む物を決めていなかったのか、逡巡するように並んだそれらを眺めていた。

俺はそんな音無をなんとはなしに眺める。

彼女とは付き合っているから、というのもあるが、なんにしても女子一人で外に置いて帰る気にはならないし。

風呂上がりなのだろうか、首にタオルを掛けている。

意識して見れば、髪の毛が濡れているような気がしないでもない。

上はTシャツに下は短パン。

そりゃあ今からする事といえば寝ることくらいだし、ラフな格好なのは当然なのだが。

それにしたって、短か過ぎだと思える短パンに視線を泳がせる。

女子的には大した事ではないのかもしれないが、彼氏の俺の身にもなって欲しい。

なにより俺がどうとかではなく、他の奴の前をこの姿で彷徨いて欲しくないというか。

がたりと自動販売機から音がして、はっと我に返った。

戻りましょうか、そう言う音無を引き留める。

幸い、俺の部屋は入り口の近くだった。




「意外と綺麗にしてるんですね」

「意外と、ってなんだ」

「あはは、冗談ですよ。予想通りです」

そう言って笑う音無を座らせ、俺はタンスを開く。

多分、サイズはそんなに違わない筈だから、適当なスウェットかなんかでいいだろう。

「佐久間さん、何してるんですか?」

さっき座らせた筈の音無が、俺の手元をひょいと覗き込む。

「あんまり、そういう格好で外に出るなよ」

揶揄する様に言えば、音無は一瞬首を傾げて。

それから、あぁ、と呟くと同時に吹き出した。

俺は冗談で言ったつもりはこれっぽっちもなかったので、少しムッとしてしまう。

彼女は俺のそんな様子に気が付いたのか、どうにか笑いを止めると、違うんです、と。

「まさか、そんな事言われるとは思わなくて……お兄ちゃんみたいだなって思ったら、つい」

「鬼道みたい?」

普段なら嬉しいその評価も、こうなると不本意だ。

「俺は音無の兄じゃなくて彼氏なんだけど」

「そう、ですよね‼」

呆れ半分に言った言葉に、予想外の勢いで食いついて来られ、こちらがたじろいでしまう。

そんな俺に構う事なく、音無は続けた。

「付き合っているっていうのに、デートしてもキスどころか手を繋ぎもしないし、したそうにも見えないし。それじゃあ不安になっても仕方ないじゃないですか!もしかして、佐久間さんの好きがそれこそ、お兄ちゃんの私に対する思いと同じなのかなぁ、なんて思っちゃったり、」

「お、音無?」

まさか、そんな事を考えていたなんて。

自分の不甲斐なさに辟易するも、それが今の状況にどうにも繋がらなくて。

何も言えずにいると音無は更にだから、と。

「わざわざこんな格好して、佐久間さんの所に来たんですけど」

「……は?」

言われた言葉に頭が付いて行かない。

つまりは、なんだ、確信犯、って事なのか。

彼女の勢いに圧されて唖然としている間に、音無はポスンとベッドに座って。でも、と。

「佐久間さんが私に何する訳でもなく、私の心配して。残念だったのもあるんですけど、なんというか、今、分かっちゃったんですよね。私、佐久間さんのこういうとこ、好きなんだなぁ、って」

しみじみとそう言われて、否応なしに心臓が煩くなった。

微笑む彼女は、やっぱり、可愛いと素直に思う。

好きだから、大事にしたかった。

手を繋ぐ、そんな事でも、俺にとったら一大決心が必要な事で。

……まぁ、もうそうも言ってられないか。

俺は音無の隣に腰掛けて、その手を握った。

「佐久間、さん?」

「すまない、したくない訳じゃなかったんだが、慎重すぎたな」

「……ほんとですよ」

彼女を見ながら謝れば、最初は固まっていた彼女も微笑んで、いじけた様に、それでも弾んだ声で返してくる。

そんな様子に俺の心臓はもういっぱいいっぱいで。

これが、手を繋げなかった理由のひとつでもある。

頭が彼女で一杯で、他の事なんて考えられなくなってしまうのではないかと思ってしまう。

それは自分が全部悪いのだけど。

ため息を吐けば、さっき買ったばかりの炭酸ジュースが視界に入る。

この気温の中放置していたら不味くなるだろうな、そう思うも今この手を離す事と比べれば、そんな事はどうでもいいとすら思えるのだった。


















タイトルは虚言症様より


2011*03*26




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