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□二人で疾走
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正直、僕は親族会議というものが苦手だった。
いつも以上に気を遣わねばならないというのもそうだし、譲治様に会える、と紗音が浮かれていることも、馬鹿みたいだと、そう思っていた。
いつからだろう。
この六軒島のなかで、朱志香様と話す時間だけを、至福と捉えるようになったのは。
親族会議になれば、その時間すら奪われてしまう。
決して朱志香様を独り占めしようなんて図々しいことは思っていないけれど、僕はそれが嫌で仕方なかった。
そして、今日という日は、その親族会議。
僕はいつものように朱志香様たちの姿を遠目から眺めていた。
朱志香様たちは、一年に一度しか会えない割に、とても仲がいい。
いや、一年に一度しか会えないからこそその時を楽しんでいるのか。
とにかく、いとこ同士である彼らは、会えばいつも楽しそうに遊んでいた。
戦人様が加わってからは、更に賑やかになったように思える。
もちろん、彼らの姿を見て羨ましいと思うことも少なくない。
ならば紗音のように彼らの輪の中に加わればいいだけの話なのだろうが、それだけのことが、僕には出来なかった。
あそこにいると、他の人と自分を、比べてしまうから。
僕は譲治様のように才に溢れているわけでもなく、かと言って戦人様のように社交性に長けている訳でもなかった。
いつもなら気にしないようなそんなことが、あの輪の中に入ると、どうしても浮き彫りになって見えてしまう。
そもそも自分は家具だ。
元から、人間である彼らとは違って当たり前なのに、彼らは僕を人間として見てくるから。
時々それを忘れそうになる。
僕は人間になりたいと思う反面、そうなることを恐れてもいた。
それは、お昼の後の休憩時間だった。
お子様方は皆遊びに行っていて、紗音もそれに同行したのでいない。
僕ももちろん声をかけられはしたのだが、いつものように断った。
午前中、お子様方を見ていて、僕の胸に引っ掛かっているのは、単に戦人様たちとの違いによる引け目だけではないと気付いてしまった。
朱志香様が、彼らと楽しげに話しているのを見ると、どうしようもなくイライラムカムカした。
僕は色恋沙汰にはあまり詳しくないけれど、恐らくこれが嫉妬という感情であるのだろう。
遠目から見ていてもそれであるのに、間近で見てしまったら、きっとイライラが最上限になってしまう。
そうなってしまったら、僕は彼らを傷付けてしまうかもしれない。
いや、もしかしたら、朱志香様までも。
僕はそういう面で、どうしようもなく臆病だった。
退屈しのぎに紅茶でも飲もうかと、食器棚からティーカップを出す。
出した紅茶は、朱志香様のお気に入りの物。
あえてそれを選んだ訳ではないが、きっとそれを取るのが半ば癖のようになっていたのだろう。
いつもより大分適当ないれ方でそれを飲む。
もともと安くはない茶葉だからか、普通に美味しいと感じられた。
ほんのり漂ってくる淡い香りに、なんとなく心が落ち着いた。
朱志香様が好きだというのも頷ける。
その紅茶を、もうすぐ飲み終わろうかという時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
僕はカップを扉からの死角に隠す。
使用人である僕が、家にあるものを勝手に飲むのは、本来あまりいいことではないだろう。
更に、このノックが仮に夏妃様のものだったとしたら、お叱りを受ける自分の姿が容易に想像がつく。
そんなわけで、カップが向こうから見えないことを確認してから、僕は「はい」と外に向かって声を掛ける。
ガチャリと扉を開いた向こうにいたのは、朱志香様だった。
「お嬢様? 」
まさか朱志香様だとは、考えもしなかった。
何故なら。
「……海に、行っていたんじゃ」
朱志香様は僕にからりとした笑みを向けると、僕の近くの椅子に腰を下ろした。
「なんか遊び疲れてさぁ」
僕のカップに手を伸ばす。
止めるべきなのか迷っている間に、それは朱志香様の手の内にあった。
「……と、いうのは冗談で。実際はただ嘉音君と話に来ただけなんだけど」
こくり、残っていた紅茶は朱志香様の喉を通っていった。
別にそれは構わなかったので、とりあえず話を進める。
「はぁ。話すって、何を」
「いや別に、何って訳じゃねーんだけど」
飲み終わったカップを朱志香様がシンクに持っていこうとしたから、それを受け取り、僕がシンクへ行く。