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□未来なんていらない
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高校二年生の文化祭が、終わった。
先輩たちにとったら最後の文化祭。
それを自覚したみんなは、泣きじゃくって。
それが一通り済んだら今度はみんなで寝てしまっていたらしい。
目が覚めた私たちは、眠る前の事なんか忘れたように、いつもみたいな下らない会話をして、美味しいケーキとお茶を飲んだ。
それでも、部室の空気にはどことなく寂しさが滲んでいて、楽しい、楽しかった、そのはずなのに、ずっと胸が苦しいままだった。
夕日が沈みかけた頃、やっと私たちは部室を後にした。みんな、笑顔で。
だって、まだ明日もある。
明後日も、明明後日も。
それぞれが分かれ道に散り散りになっていく中、唯先輩は、遅くなったから私を送ると、私と一緒に普段とは違う道を歩いている。
いつもだったら断るのに。
今日は、断れなかった。
否、まだ一緒に、いたかった。
なんでもない話をぽつぽつしながら、もうすっかり暗くなってしまった道を歩く。
街灯に伸びた私たちの影は繋がっていた。
もしかしたら、こんな時間まで唯先輩が帰って来なくて憂が心配しているかも。
なんて思っていたら、もう家は目の前だった。
唯先輩が、じゃあねと言って離そうとした手のひら。
私は絡み合った指をほどく事が出来なかった。
「あずにゃん?」
不思議そうな顔をする唯先輩に、抱き着く。
服越しに感じる体温が、暖かくて、心地いい。
「どうしたの?」
唯先輩は、優しい声でそう言って、優しい手付きで私の背中に腕を回した。
「もう少し、このままでいさせてください」
さっきあんな話をしたせいだろうか。
今日は、どうしようもなく唯先輩と離れるのが嫌だった。
ずっと、こうして抱き締めていて欲しかった。
唯先輩は何も訊かずに、うん、と小さく呟いてから、更に私と唯先輩の体を密着させる。
暖かい、そう思ったら、何故だかじわりと、涙がせり上がってくるのを感じた。
「あずにゃん、さっき、泣かなかったね。一人だけ」
そのタイミングでまたそんなことを唯先輩が言うものだから、ついに堪えきれなくなって、頬につうと涙が流れていく感触。
あの時、泣けなかったその分が、今更溢れてくるみたいだった。
「だって、」
私の声は情けないぐらい震えていた。
「だって、っ、私が、私まで泣いちゃったらっ、誰があれを宥めるんです、かっ、」
「うん、」
唯先輩の声も、震えていた。
「それに、あの時は、っく……みんなが泣いちゃっ、たから、泣くタイミングも、わかんなく、なっちゃって」
「ごめんね」
そう言われて、思わず私は顔を上げる。
「謝ることなんかじゃないですっ!!」
涙を流しながらだから、威厳も何もあったもんじゃないけれど、本当に、謝ってなんか欲しくなかった。
だけど唯先輩はそれを分かっているのかいないのか(きっと、分かっているのだろうけど)、私の顔を見るなり、くすくすと笑い出して。
「あずにゃん、顔涙まみれ」
笑いながらそう言う唯先輩も、笑っているのにその瞳からは止めどなく透明な粒が溢れ出していて、少なくとも私の事を笑えるような状態じゃない。
だから私も「先輩だって」そう言おうとしたのだけれど、止まらなくなった嗚咽のせいでもうそれすらも言えなくなってしまった。
「ありがとうね、あずにゃん」
「ひっく、な、にが、」
「色々」
その声があんまり優しかったから、私はといえばただただ涙を流すばかり。
言いたいことならたくさんある。
そんな風に、もう終わりみたいなこと言わないで下さい。
そんな風に、先ばっかり見ないで下さい。
唯先輩は、いつも今しか見てなくって、それこそ、後先考えずに突っ走るような人でしょう?
でも、でもね、私、そんな唯先輩に救われたこと、たくさんあるんですよ。
唯先輩に、軽音部の皆に出会えて、本当に嬉しかったんです。
今がこんなに楽しいのは、皆さんのおかげなんです。
私、本当にみんなが、大好きです。
その中でも、唯先輩は特別ですけど。
そんな風に、全部口に出して言いたかったのに、それらは全部が全部嗚咽に飲み込まれていって。
それでも不思議なのは、ただ抱き締めてくれているだけの唯先輩に、全部、伝わっている気がすること。
「あずにゃん、大好きだよ」
優しく言われてしまえば、言いたかったことはまだまだあったはずなのに、それさえも忘れて。
ただ、時が止まればいいとそう願った。
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