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□今だけは、君をひとりじめ
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彼女の笑顔が、私だけに向けられればいいのに。
彼女の声が、私にだけ響けばいいのに。
彼女の全てが、私だけのものになればいいのに。
どんなに強く、強く、願っても、それは叶うことはなく。
「いちごーっ一緒帰ろーぜ!」
くしゃり、と。
なんの躊躇いもなく私の髪を掻き混ぜた律に少し呆れながら、振り返る。
髪の毛を直しながらどうしたの、そう問えば、だから一緒に帰ろうって、そんな答えが返ってきた。
そんなことは分かってる。
見当外れな答えを返してくる律に内心苛立ちつつ、それを彼女のようにポンと口にできない自分に、また苛立った。
「……部活は?」
「今日は休みだってさ」
「……秋山さん、は?」
秋山さん、あぁ、澪のことか、なんて言う彼女はきっと、私の言葉に含まれた棘になど気付いていないのだろう。
律は、鋭いようで、変なところが鈍い。
私が秋山さんのことをあまり好いていないのを気付かれないことは、ホッとするようでもあり、少し胸が痛むことでもあるけれど。
どちらといえば、前者が強い、かもしれない。
だって、私が秋山さんのことを嫌いだなんて知ったら、律は悲しむに決まってる。
それに、私に必死こいて秋山さんのいいところを並べ立てたりだなんてされたら、それこそ、私は本当に、彼女のことを好きになれなくなるだろう。
「澪は、先帰ってるって」
「いいの?」
「何が?」
「いつも一緒に帰ってるから、」
「別に約束してるわけでもないし、それに」
律はそこで一度言葉を切ると、一歩私に近づいた。
帰り支度をしていた私は、机と椅子のど真ん中にいたため、下がることも出来ずに。
律はまるで内緒話でもするように、耳に唇を近づけた。
「たまには、恋人らしいことしたかったの」
鼓膜に直接響いた声に、肩を震わせる間もなく、腕を引かれた。
「、ちょ、律」
宿題、まだ鞄に入れてないんだけど。
言いかけた言葉は、ため息となって消えた。
帰り道、偶然見つけた焼きいもの屋台に、律は目を輝かせて寄っていった。
手を繋いでいる私も、そのまま引っ張られて。
「いちご、買わない?」
「いらない」
「焼きいも嫌いなのか?」
「……嫌いじゃあ、ないけど」
「なら大丈夫」
するりと離れる手のひら。
彼女は鞄を漁っている……きっと財布を探しているのだろう。
行き場所が分からなくて宙ぶらりんになった右手を、開いたり、閉じたり。
(……変なの、)
物足りない、だなんて。
「ほい、」
とんとんと肩を叩かれ振り返れば、買ってきた焼きいもをふたつにして、片方を私につきだす律。
「……さっきいらないって、」
「いーじゃん、嫌いじゃないんだろ?」
私が受け取らないだなんて一ミリたりとも思ってなさそうな笑顔に押されて、それを受け取った。
律はそれで空いた片手を、また、私の右手と繋げている。
「……あつい」
「ん?ちゃんと冷ましてから食えよー」
どくん、どくん、そんな心臓の音が、聞こえるみたいだった。
血液が循環するのと同じように、律と繋いだ手のひらから、熱が身体中に回っていくような。
「あつい」
「だから、」
「律のせいだよ」
「……へ?」
本当に意味が分からないというようにぱちくりと目を瞬かせたものだから、私は思わず笑ってしまった。
「手、離さないでね」
「……うん」
私が何を言いたいか分からない癖に、そう微笑むものだから。
余計に胸が、あつく、くるしくなった。
2010*09*30
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