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たまには、自分が妹に料理を作ってやろうと思い立ったのが、一時間前。

メニューは冷やし中華。

未だ暑さの続くこの季節だ、多少簡単でも、食べやすい方がいいだろう、そう思って。

冷蔵庫の中身を調べて、材料があまりなかったから、自分で買いに行こうとスーパーへ向かった。

その帰り道。

料理には使わないが一応買っておいた牛乳パックのせいで、スーパーの袋が切れてしまっていたらしい。

きゅうりが、そこから落ちた。

不運にも俺がいたのは細い畦道で。

落ちたきゅうりは、崖(というには落差が小さいが)から落ちてしまった。

昨日妹に読んだ童話が頭をよぎる。

あれは、崖じゃなくて、穴から落ちて、落ちたのだってきゅうりじゃなくておにぎりだったが。

あの話の最後は……確か、おじいさんがねずみから色々もらうんだっけな。

そんなことを思いながらも、足は崖の方へ。

少し覗き込むようにすれば、そこの高さはよく分かった。

……おそらく、降りてもギリギリ大丈夫、だろう。

しかし大丈夫だとわかっているとはいえ、ある程度の恐怖は拭えない。

正直、きゅうりなくても冷やし中華なんて作れるし。

しばらく逡巡した後、俺はそこを降りることにした。




「……あれ、」

ぐるりと見回すも、きゅうりらしき物体は見つからず。

おかしいな、そう思いつつも、とりあえず足を進める。

道に沿って歩いていくと、近くの池に足をつっこんでいる、青い髪を高い位置でくくっているやつが見えた。

珍しい色だなと考えつつ、その肩を数度軽く叩く。

「!?」

その瞬間、そいつは物凄い勢いで振り返ると、俺を見るなり硬直してしまった。

それに戸惑った俺も、思わず声を出すのを忘れてしまう。

目の前の彼(後ろ姿だと女かと思った)は赤い目を数度瞬かせ……いや、そんなことより。

彼の手元にあったのは。

「そのきゅうり、」

「えっ、あぁ、もしかして、これお前の……?」

彼はきゅうりを後ろ手に隠した。

別にもう口をつけたやつを返してもらおうだなんて思わないのに。

「……いや、欲しいんならあげるが」

「へ?あぁ、いや、あの、そういうことじゃ、なくて」

ぶんぶんと頭を振る彼を不思議に思うも、初対面の人にそう色々聞けるはずもなく。

ただ無言を埋めるために発したのは、きゅうり、好きなのか?だなんて言葉。

聞いてどうするっていうんだ。

けれども、相手の方の食い付きは予想以上で、途端、目を輝かせながら口を開いた。

「あぁ、このきゅうり、池の畑で作ってるのより美味しいな!」

「……池の畑?」

「…………あ、」

しまった、という顔をする彼。

いかにも失言した、という態度だけれど、池の畑、から連想できるものも特になく。

「……池に、住んでるのか?」

今の流れでいうと、頭に浮かぶのはこれだけで、まさかと思いつつそう問うた。

絶対、絶対に否定されると思ったのだが。

相手は一度、こくりと頷いた。

そして、さっきまでずっと後ろに回していた手を、俺に見せてきた。

それには、人間にはあるはずのない場所に皮膚があった。

彼の手はいわゆる水かきというようなそれがついているようで。


「……実は俺、河童なんだ」


意を決したような表情で告げられたその言葉を、一瞬、理解ができなかった。

河童……っていうと、あの、河童だよな。

妖怪、みたいな。

彼の様相を見るに、おそらくそれで合っている。



信じがたい話だが、つまり俺が落としたのは、おにぎりじゃなくてきゅうりで、落ちたのは、穴の中じゃなくて崖の下で、もらったものは……特にない、けれど。

とにかく、俺が出会ったのは、人間でも、ましてやねずみなんかでもなくって。

本当にいるだなんて考えもしなかった河童だったのだ。











2010*10*02
 

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