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□変えることの出来ないパターン
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木々のざわめきに紛れて聞こえる火の音と、楽し気な笑い声。
キャンプに来ている俺たちの、食事の準備をしている時間。
本来なら俺と涼野もあそこにいるべきなのだが、他でもない涼野がテントから動かず、その上彼が俺の腕を掴んでいるものだから、俺まで動けずにいる。
別にずっと強い力で掴まれているわけではないから、痛くなるわけではないけれど、なんとなく居心地の悪いような気分にはなる。
「なー、涼野、行かねーの?」
「行かない」
「……俺、行ってきて、」
「駄目だよ」
言い終える前に切り返された。
そう言われることは予想がついていたから、別にイラッともしないけど。
やけに静かなテントの中、涼野がページを捲る音だけが異様に耳に響く。
時々煩わしそうにしながら右手だけで本を読む涼野に、思わず吹き出してしまった。
「んな読みにくいなら手離せばいいだろ」
「離したらどっか行くでしょ」
「……行かねーよ」
「ふぅん」
言いながらも涼野が俺の手を離す気配はない。
おそらく俺の言ったことを信用していないのだろう。
現に今さっきここから出ようとしていたのだから、仕方のないことかもしれないが。
「……暇なんだけど」
特にどうして欲しいわけでもないが、そんなことを呟いてみる。
暇なのは事実。
構って欲しいというのも少しはあった。
俺の言葉を受けた涼野は、ちらりとこちらを見て、何故だか呆れたように本を閉じる。
「何、私といるのが退屈だって?」
「……はぁ?」
ずい、と詰め寄られ、思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。
暇だって言っただけなのに、何をどう曲解すればそうなるんだよ。
文句を言おうと口を開こうとした、その前に、口を塞がれた。
それはいわゆる、キス、で。
恋人という関係上、するの自体は初めてじゃない。
けれど、なんの前触れもなくされたのは初めてで、しかもここが家ではないという現実が尚更羞恥を煽った。
「……っ、バカ、かお前、ここ外だぞ」
咎めるようにそう言えば、涼野はわざとらしく回りを見回して。
「中じゃないか」
「そりゃあテントの中ではあるけど、」
「何が問題?」
涼しい顔で言われてしまえば、なんだかこちらが馬鹿らしくなってきてしまう。
俺がマイペースな涼野に流されてしまうのはいつものことで、それを嫌だと思っているのもいつものことで。
けれども俺が何を言おうとも、涼野はお構いなしなものだから、結局は俺がそれを甘受けしてしまうのだ。
「構って欲しかったんだろう?」
そう言って愉快そうに口許を歪められれば、腹立たしい反面、どきりともしてしまったり。
「ねぇ、晴矢、」
計算づくの笑顔で名前を呼ばれてしまえば、俺にはもう退路なんてない。
そうして再び落ちてきたキスは、やけに甘ったるいものだった。
2010*10*19
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