メイン3

□またあした、あえますように
1ページ/1ページ


右手に握り締めた携帯を見つめる。

普段なら何も気にならないはずのその質量が、今はやけに重く感じられる。

すー、はー。

大きく深呼吸をしてから、いやに緊張している自分に笑ってしまった。

たった数週間、話していないだけなのに。

目を閉じて、瞼の裏に映るのは、さっき夢に見た綱海さんの笑顔。

大丈夫、そう自分に言い聞かせて、ボタンをプッシュする。

そうしていざ綱海さんのケータイ番号に辿り着けば、再び頭をもたげる、不安。

夜中だし、まだ寝ているかもしれない。

別にそれならそれで構わないけれど、もしも起こしてしまったら悪いな、とか。

それでも彼の声を聞きたいという欲求には抗えず、ボタンを押そうとした、その時。

震え始めた携帯。

びっくりして取り落としそうになるのを寸でのところで止めて、画面を見れば。

「……嘘」

液晶に表示されているのは、今まさに俺が電話をかけようとしていた綱海さんの名前。

予想外のことに一瞬呆けてしまいそうになるけれど、急いで通話ボタンを押した。

「――もしもし、」

『おう。あー、もしかして寝てたか?』

「い、いえ。ていうか今、俺も綱海さんに電話しようとしてたところで」

そう言えば、なんとなくだけれど、綱海さんが驚いたような気がした。

(あぁ、顔、見たいな)

顔を見て、そして、触れたい。

声を聞けば寂しさが紛れるかと思ったのに、むしろ、会いたさは募るばかり。

ボタンひとつで声は聞けるのに、俺たちの距離はあまりに遠い。

『立向居?』

「夢を、見たんです。内容は起きてすぐ忘れてしまったんですけど、隣に綱海さんがいて、笑っていて。……幸せな、夢でした」

『……』

いきなり綱海さんが口を閉じた、と思いきや。

微かに聞こえてくる小さな笑い声。

「綱海さん?」

『いや、すげえな、って思って』

「へ?」

『俺も見たんだ、似たようなの。で、立向居の声が聞きたくなって』

「……っ」

どくん、と心臓が音を立てる。

あまりの嬉しさに、息苦しさすら感じた。


「好きです」


この押さえきれない想いは、どこにぶつければいいのだろう。

自分が苦しくなるほどの愛は、苦しくもあるけれど、幸せで。

「会いたいです。綱海さんに、触れたい」

福岡と、沖縄。

簡単に行き来できない距離が、もどかしい。


『俺も』


その柔らかな声に、目を見張る。

綱海さんが、こんなにも素直に好意を示してくれることは珍しいから。

『俺も、立向居に会いたい。……けどさ、電話だと、思ったこと言えるのは、いいな』

「……普段から言ってくれればいいのに」

『だって、顔見えてたら恥ずかしいだろ』

きっと、今の彼の顔は赤いのだろう。

少し口ごもりながらそう言うのが、可愛くて。

また、好きですと呟く。

一瞬躊躇った後に、好きだぜ、と返ってきた。

「好きです」

『俺も、好き』

そんな風に拙く繰り返す。

端から見たら、馬鹿みたいなそれを数回してから、二人同時に堪えきれなくなって吹き出した。


『もしかしたらさ、俺たち見たの同じ夢かもな』

「え?」

『同じぐらいの時間に、似たような夢見たんだろ?もしかしたら、夢の中で会ってたりしてな』

「……はぁ」

まさか、と思わないわけではない。

だけどもしかしたら、という希望も捨てられなくて。

……いや、むしろ、そうであって欲しいと。

「もし、そうなら」

『ん?』

「もし、そうなら、また会えたらいいですね」

『夢だけどな』

「夢でもです」

もちろん、そんなまやかしで満足するつもりはない。

それでも、本当に会えるまでの間、少しぐらいなら。

気休めぐらいには、なるだろう。



「もう遅いですね」

『明日学校だな』

「……切りますか?」

『そう、だな』

二人の間に沈黙が流れる。

まだ、声を聞いていたいという思いが、電話を切ることを躊躇わせていた。

けれど、流石にずっと電話しているわけにもいかないから、後ろ髪を引かれる思いをしながらも声を出す。

「……綱海さん」

『おう』

「おやすみ、なさい」

『おやすみ』

妙な余韻を残して、どちらからともなく通話を切った。

電波の繋がりは、今絶たれたけれど。

きっと俺たちはもっと深いところで繋がっているんだと、なんとなくそう感じた。




(たとえ、夢でも)
(またあした、あえますように)











2010*11*01


戻る
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ