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□またあした、あえますように
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右手に握り締めた携帯を見つめる。
普段なら何も気にならないはずのその質量が、今はやけに重く感じられる。
すー、はー。
大きく深呼吸をしてから、いやに緊張している自分に笑ってしまった。
たった数週間、話していないだけなのに。
目を閉じて、瞼の裏に映るのは、さっき夢に見た綱海さんの笑顔。
大丈夫、そう自分に言い聞かせて、ボタンをプッシュする。
そうしていざ綱海さんのケータイ番号に辿り着けば、再び頭をもたげる、不安。
夜中だし、まだ寝ているかもしれない。
別にそれならそれで構わないけれど、もしも起こしてしまったら悪いな、とか。
それでも彼の声を聞きたいという欲求には抗えず、ボタンを押そうとした、その時。
震え始めた携帯。
びっくりして取り落としそうになるのを寸でのところで止めて、画面を見れば。
「……嘘」
液晶に表示されているのは、今まさに俺が電話をかけようとしていた綱海さんの名前。
予想外のことに一瞬呆けてしまいそうになるけれど、急いで通話ボタンを押した。
「――もしもし、」
『おう。あー、もしかして寝てたか?』
「い、いえ。ていうか今、俺も綱海さんに電話しようとしてたところで」
そう言えば、なんとなくだけれど、綱海さんが驚いたような気がした。
(あぁ、顔、見たいな)
顔を見て、そして、触れたい。
声を聞けば寂しさが紛れるかと思ったのに、むしろ、会いたさは募るばかり。
ボタンひとつで声は聞けるのに、俺たちの距離はあまりに遠い。
『立向居?』
「夢を、見たんです。内容は起きてすぐ忘れてしまったんですけど、隣に綱海さんがいて、笑っていて。……幸せな、夢でした」
『……』
いきなり綱海さんが口を閉じた、と思いきや。
微かに聞こえてくる小さな笑い声。
「綱海さん?」
『いや、すげえな、って思って』
「へ?」
『俺も見たんだ、似たようなの。で、立向居の声が聞きたくなって』
「……っ」
どくん、と心臓が音を立てる。
あまりの嬉しさに、息苦しさすら感じた。
「好きです」
この押さえきれない想いは、どこにぶつければいいのだろう。
自分が苦しくなるほどの愛は、苦しくもあるけれど、幸せで。
「会いたいです。綱海さんに、触れたい」
福岡と、沖縄。
簡単に行き来できない距離が、もどかしい。
『俺も』
その柔らかな声に、目を見張る。
綱海さんが、こんなにも素直に好意を示してくれることは珍しいから。
『俺も、立向居に会いたい。……けどさ、電話だと、思ったこと言えるのは、いいな』
「……普段から言ってくれればいいのに」
『だって、顔見えてたら恥ずかしいだろ』
きっと、今の彼の顔は赤いのだろう。
少し口ごもりながらそう言うのが、可愛くて。
また、好きですと呟く。
一瞬躊躇った後に、好きだぜ、と返ってきた。
「好きです」
『俺も、好き』
そんな風に拙く繰り返す。
端から見たら、馬鹿みたいなそれを数回してから、二人同時に堪えきれなくなって吹き出した。
『もしかしたらさ、俺たち見たの同じ夢かもな』
「え?」
『同じぐらいの時間に、似たような夢見たんだろ?もしかしたら、夢の中で会ってたりしてな』
「……はぁ」
まさか、と思わないわけではない。
だけどもしかしたら、という希望も捨てられなくて。
……いや、むしろ、そうであって欲しいと。
「もし、そうなら」
『ん?』
「もし、そうなら、また会えたらいいですね」
『夢だけどな』
「夢でもです」
もちろん、そんなまやかしで満足するつもりはない。
それでも、本当に会えるまでの間、少しぐらいなら。
気休めぐらいには、なるだろう。
「もう遅いですね」
『明日学校だな』
「……切りますか?」
『そう、だな』
二人の間に沈黙が流れる。
まだ、声を聞いていたいという思いが、電話を切ることを躊躇わせていた。
けれど、流石にずっと電話しているわけにもいかないから、後ろ髪を引かれる思いをしながらも声を出す。
「……綱海さん」
『おう』
「おやすみ、なさい」
『おやすみ』
妙な余韻を残して、どちらからともなく通話を切った。
電波の繋がりは、今絶たれたけれど。
きっと俺たちはもっと深いところで繋がっているんだと、なんとなくそう感じた。
(たとえ、夢でも)
(またあした、あえますように)
2010*11*01
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