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□最早これが日常であり
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平日の昼間。

優太くんは学校で、因幡さんも仕事が入った。

そうなると必然的に事務所の買い出しは俺の担当になる。

主婦に紛れてスーパーでの買い物を済ませ、いざ事務所へ帰ろうとしたその道。

裏通りというわけではないが、人通りの少ない閑散とした横道。

向こうの曲がり角から歩いて来たのは、よく見知った人だった。

堂々と右手で拳銃を弄ぶその姿に若干引きつつも、そのいつもと違う――赤に染まった服が気になって、話しかけてしまった。

「ガブリエラ、」

名前を呼べば、俯いていた顔を上げた。

「……下僕」

「……どうしたの、それ」

下僕呼びに一々つっこむのも面倒なのでとりあえずスルー。

それよりも気になることがあったのもひとつの要因だった。

近づくほど、その赤に嫌な予感が募る。

「これ?……あぁ、血」

なんでもない風に答えられ、逆にこっちが狼狽えてしまう。

……そりゃあ、暗殺者なんてやってれば、血なんて珍しくもないのかもしれないけど。

「てか、え!?怪我とか……?」

「これは、返り血だからな。私は大丈夫だ」

「……そう」

怪我している訳じゃないと聞いて、ついほっと息を吐いてしまう。

別に心配していたんじゃない、と思いたい。

けれど、返り血って、それはそれで問題だ。

「……人、殺したの?」

おずおずとそう訊ねる。

彼女の仕事がそういうものだ、って頭では理解しているつもりだけれど。

やはりいまいち実感は湧いていなかった。

「何でそんなことお前が気にするんだ?」

「何で、って」

そう言われてしまうと、自分でもよく、わからない。

ただ、漠然と、ガブリエラが人殺しをしていたら(いや、しているのだろうけど)嫌だな、そう感じるだけで。

「……大丈夫だ。殺しはしていない」

微笑んで言われ、ほっと胸を撫で下ろす。

「というか、流石に普通の道で殺すと処理が面倒だしな」

「あぁ……」

そんな理由で思い留まったのかとも思ったけれど、結果として殺していないからいいか。

と、そこまで考えると、逆に疑問になってくるのが、ガブリエラの服についているそれ。

俺がじっと見つめているのに気付いたのだろう。

訊いたわけでもないのに、わざわざ説明をしてくれた。

「向こうが殺そうとして来たからな。少し返り討ちにしてやっただけだ」

「でも殺してはないの?」

「あぁ」

平然と頷くガブリエラに大変なんだなぁ、等と洩らしそうになった。

大変もなにも、暗殺者なんて好きでやっているんだろうし、殺されそうになるのだって、ある意味自業自得なんだろうけど。

「……ガブリエラって、普段どんなことしてんの?」

ふと口をついて出たのはそんな疑問だった。

正直、普段から人をどかどか殺しているのがあまり想像できない。

実際に荻さんを殺そうとしていたりしたのを見たことあるのに……何故だろう。

「お前……」

掛けられた声に、顔を上げる。

見詰められているのに気付き、思わず身じろいだ。

「……何」

「ついに私の下僕になる気が」

「違うから!」

とんでもないことをいいかけた言葉を遮る。

……何でそうなるんだ。

「違うのか?」

「違います」

「どうして断るんだ」

首を傾げながら。

本当に不思議そうに問うてくる様子に、思わずため息。

「なんでもなにも、ガブリエラの下僕って暗殺部隊じゃん。……ていうかそもそも、そっちとこっちは敵だし」

「敵と普通に会話なんてしてるのがまずおかしいがな」

「……」

思わず言葉につまる。

自分でもこんなに平然と話すのってどうなんだろうと思っていたところだった。

本当のところ、敵だって口で言ってはいても、そこまで恐怖を感じるわけでもない。

「別に俺に何かするわけじゃないだろ?」

「基本的に下僕には優しいぞ、私は」

だからかな、怖くないの。

勝手に下僕認定されているのはもうどうしようもないことかと、半ば諦めつつ、そう思った。

「……下僕には優しいぞ、私は」

「いや、繰り返さなくても聞こえてた」

「荷物持ちも買い出しもさせないし」

「?買い出……ってあぁ」

どこから出た発想かと思ったけど、そういえば今、事務所の買い出しに行って来たところだったんだ。

俺は苦笑しながら言った。

「無理矢理やらされてるわけじゃないし」

「そうか」

彼女はそう呟くと、俺をじろじろ見た。

何かしら釣れそうな箇所を探しているのだろう。

何を言われたって、俺はガブリエラの下僕になるつもりはないのだけれど。

「やらないからね。危なそうだし」

撥ね付けるようにそう言えば、ガブリエラは少し顔を曇らせた。

その表情に少しだけ申し訳ないとかいう感情が芽生えたのも、気のせいだと思うことにしよう。

「……じゃあ、」

そんな空気も束の間、一瞬思案したかと思えば、まるで名案を思い付いたとでもいうように、彼女は手を打った。

「危ないことしないなら、いいのか?」

「……は?」

何を言いたいのか分からず、聞き返す。

「危ないことしない……って、それ、下僕じゃないんじゃ」

「好きなときに一緒にいてくれるんなら、そのようなものじゃないか?」

その言葉に、嫌な予感がした。

「……なに、それ」

「好きなとき、っていってもほとんどずっとかも知れないが――」

……それって、下僕というより。

いわゆる、恋人、だとかそういうものに分類されるんじゃないだろうか。

恥ずかしいし、口に出すこともないと思ったから、わざわざ指摘はしないけれど。



(それなら、いいか?)
(……考えとく)











2010*11*27


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