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サッカー、その単語は、昨日も聞いたものだった。
どういうものなんだろう。
明後日聞こう、そう思いながら、自分が酷くわくわくしていることに気が付いた。
豪炎寺と共にいる時間は、知らないことを知れて、楽しい。
それを抜きにしたって、彼と一緒にいる空間はなんだかとても居心地がよかった。
「……風丸さん」
俺の住んでいる区域に辿り着けば、同じ場所に住んでいる宮坂が出迎えてくれる。
宮坂は俺の弟のようなもので、何故だかとても俺を慕ってくれていた。
そういうところは可愛いが、やけに心配性なのがたまに傷だ。
「……どうかしたのか?」
そして、今。
いつもなら抱きつかんばかりの勢いと物凄い笑顔で俺を出迎える宮坂が、いやに不機嫌な顔をしていた。
いや、まぁ、変に帰るたびに抱きつかれるのもあまり好ましくないのだが、しかしそれに慣れてしまっていると、妙に違和感を感じてじまうわけで。
宮坂は不機嫌な顔を保ったまま、問い掛けてきた。
「……どこ、行ってたんですか?」
「……え、上、だけど」
「……誰と会ってたんですか」
どきり、と、した。
宮坂の問い掛けはまるで、俺が誰かと会っていたことを――誰と会っていたのかさえ――知っているようで。
「別に、誰とも」
答えた言葉は、我ながら白々しいと思う。
その証拠に、宮坂の表情はますますいぶかしげになるだけだ。
「風丸さん、農薬は体に悪いって言ったじゃないですか」
「……っ」
豪炎寺からもらったきゅうりは、全部食べた。
それなのに、何故。
「分かりますよ。風丸さんの匂いに違いがあれば」
不機嫌そうな表情のまま、淡々と発せられる言葉は、到底信じられるものではなかった。
「見てたの、か?」
まさか本当に、俺の匂いが分かるはずがないだろうと、そう思えば、結果出てくるのはその言葉。
宮坂はちらりと視線を反らすと頷いた。
「風丸さん、楽しそうでした」
事実、楽しかったのだからそうだろう。
……そこで不貞腐れる理由が分からない。
「宮坂、そんなに人間、嫌いだったか?」
「嫌いですよ。人間じゃなくたって、風丸さんを汚すやつはみんな嫌いです」
きっぱりとそう言われ、思わず苦笑する。
宮坂は、よくこういうことを口にする。
最初の頃は冗談だと思ってたが、彼の様子を見るに本気で言っているのだろう。
俺なんて、綺麗でもなんでもないのになぁ。
それを口に出したら、こちらが恥ずかしくなるような言葉で反論してくるのが目に見えてるから、絶対言ったりしないけど。
「あいつは、悪いやつじゃないよ」
「そんなの、分からないじゃないですか」
きっと睨み付けて言われて、反射的に体をびくつかせる。
それと同時に、少しだけ苛立ちを感じた。
「話したこともないのに、そういう風に言うなよ」
「だって、人間ですよ?いい人間なんて、いないんです」
きっぱりと言い切る宮坂に、俺も言い返した。
「豪炎寺はいいやつだよ」
「風丸さんは、っ。騙されてる……だけです!!」
「はぁ?」
「あの人だって、絶対、悪いやつなんです」
人間ですから。と。宮坂は言った。
わけがわからなかった。
人間だから、なんて、そんな理由だけで豪炎寺を悪く言われることが、凄く不快だった。
「宮坂に豪炎寺の何がわかるんだよ」
「風丸さんだって、会って二日の奴の何が分かるって言うんですか」
「、」
言い返す言葉が、見付からなかった。
豪炎寺は、いいやつだ。
それは確信を持って言い切れる。
けれどやはり、宮坂のいう通り会ってたったの二日なものだから、根拠もなにもないのだ。
変な話、俺は勘とか、そのようなもので彼を好ましく思っているに過ぎなかった。
「それでも、俺は……あいつをいいやつだって、思うよ」
俺がそう言えば、宮坂は唇を噛んだ。
それから、そうですか、と呟くと、俺に背を向けた。
それに少しだけ心が痛み、呼び止めようかとも思ったが、自分の中の変な意地がそれを止めてしまった。
あいつも、豪炎寺と話せばいいのに。
そうしたら、人間がみんな悪いやつな訳じゃないって、わかるのに。
宮坂も、豪炎寺も、俺にとって大切だから。
宮坂が豪炎寺を悪く言うことが、とても寂しかった。
2010*11*29