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さようならを伝えるために、彼がここに来たのだという事は、初めからわかっていた。

笑って見送ろうという当初の予定はすっかり狂って、僕の目からはひたすらに涙が溢れてくるばかりだ。

風丸さんの事は、嫌いになんてなれない。

たとえ、人間になったとしても。

少しの嫌悪も湧き上がってこないことに、むしろ驚いた。

このとき、僕は初めて気付いてしまったのだ。

どんな姿だろうと、風丸さんは風丸さんで。

僕が今まで勝手に嫌ってきた人間だって、悪いやつばかりじゃないのだと。

気づきたくなかった。

風丸さんが人間になることで、嫌いになるとまではいかなくても、少しくらい、忘れる手助けになると、思ったのに。

しゃくりあげるのをやめないのは、そうする事で、風丸さんの気が変わるんじゃないかと、少しだけ期待しているから。

悪いのは、風丸さんだ。

今までいっぱい優しくしてくれたから、優しすぎたから、その優しさに、甘えたくなってしまう。

池の周りにただ座ると、自然の香りが僕を包んだ。

今まで、全く気がつかなかったそれは、何か寂しさを感じさせた。

風丸さんは、いつもここに座って、この香りを嗅いでいたのだろうか。

この空気に、何を思ったのだろう。

ずっと、そんな事を考えては、ちり、と胸を痛ませた。

こんなにも、風丸さんについて、知らなかったなんて。

今までの自分の世界は、いったいなんだったんだろう。

そう思うと、胸が苦しくて。

いっそ死んでしまえたらと、何度か思った。

簡単な話だ。

ずっと、水に浸からなければいい。

次第に乾いていく肌は、次第に強烈な痛みを持って僕を襲った。

結局僕は、引き裂かれるような痛みに耐えきれず、水に飛び込んだ。

「風丸さんは、もう、ずっと外に居ても、平気なんですよね」

「……え?」

「痛いん、ですよ。こっちの空気は、僕たちにとって」

見た目は、変わらないのに。

住む世界は、相入れない。

いや、本当だったら、お互い干渉してはいけないものなのだ。

(今なら、)

言える気がする。

最後の、言葉を。

「風丸さん」

「、」

「さようなら。幸せになって、ください。……幸せにならなきゃ、おこります」

「みや、さか」

「それから、」

少しだけ、息を吸い込む。

水中とは別の草木の匂いを、肺いっぱいに、溜めた。

「だいすき、です」

この香りを嗅ぐのも、きっと今日が最後だ。

忘れない、忘れてはいけない。

この記憶だけは、絶対に。

「宮坂、最後に、」

手、繋いでいいか?

その願いに頷いて、左手を差し出す。

風丸さんの熱い両手が、それを包む。

「……ありがとう」

そう呟いた風丸さんの瞳には、涙が浮かんでいたけれど。

そこに迷いはなかった。














2011*04*22




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