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□なにひとつなく
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伸ばした手はきみに届かずに宙をかすめた。


臆病な自分なんて、どこにもいないと半ば真剣に思っていた。

それが、手塚と出会ってから、これだ。

羨望に似た想いはいつしか淡い恋心に変わり、彼に追いつきたいと思う心はいつまでも隣にいたいという願望に。

好きなんだよ。

そんな言葉、口にするのくらい簡単だと思っていた。

いや、今だって、難しいことだとは思っていない。

「不二」

名前を呼ばれる度にくらりとする。

縛り付けたい。僕以外をその瞳に映らないように。

でも、ダメだ。

同時に否定の言葉が頭に響く。

手塚は自由でいて欲しいと思う自分も確かに存在していて。

「不二」

「ん」

返事と共に交差する視線。

ため息を吐く手塚の顔が目に入った。

「大丈夫か?」

「なにが?」

「ぼーっとしてた」

「そう?」

いつも通りの笑みを浮かべる。

慣れっこだ、こういう風に、偽るのは。

手塚の手が伸びてくる。

ぽすん、とそれは僕の頭に乗せられた。

くしゃりと髪を混ぜられる。

「っ、何」

「無理するな」

「え」

するりと手塚の手が離れる。

唖然としている間に彼は僕に背を向けた。

扉の閉まる音が小さく鼓膜に届く。

「……どういうこと」

無理してるのは、誰のためだと思っているんだか。

いや、それより、僕の嘘を見抜かれたのが何より衝撃で。

頭が。

「真っ白になりそう」

元から君一色だった僕の脳はこうしてますます埋めつくされていく。

あーあ。

ひとりきりの部室で声を洩らす。

不思議と、寂しいとは感じなかった。

いつかでいい。

手塚の方から手を伸ばしてくれる時がくるような、そんな気が、したから。

(いまは欲張らないのが吉、かな)

















2011*07*23




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