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□雨ざらしの昨日
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過去はまるで絡まった蔦のように僕から離れないくせに、水面に反射する月の姿のように、僕の手からはすり抜けてゆく。

掴めないものに縋るなんてきっとばかみたいなんだろう。

だけどそれらは酷くきらめいている記憶で、僕は不毛にも、それをふたたび手に入れたくなってしまうのだ。

「あすらん」

その響きは、いつまで経っても変わらない。

名前だし、変わるはずのないものではあるのだけれど、僕にとってはそれがほんの少しの救いのように感じられてしまう。

「アスラン、」

「……なんだ?」

もう一度その名前を呟けば、難しい顔をしてパソコン画面と向き合っていたアスランが振り向いた。

「ひとりごと」

「お前はひとりごとで俺の名前を呼ぶのか」

「……ん、そうだね」

アスランは冗談のつもりだったのだろうけれど、僕はまた、昔のことを思い出して、小さく返す。

離れている間、何度アスランの名前を口にしただろう。

それは単に寂しさのときもあれば、もっと複雑な感情のときもあった。

僕がそんなことを考えていたことが、アスランには分かったのだろう。

ノートパソコンを閉じると僕の隣までやって来て、そうっと僕を抱き寄せた。

アスランの腕の中、肩にもたれかかる様な形になる。

なんだか酷く、安心する。

「またなんか、余計なこと考えていたんだろ」

「……余計なこと、ね」

アスランは、つらい記憶は忘れていいのだと言う。

忘れちゃいけないことの筈なのに、それでも、キラはいいんだ、と。

僕には、アスランがそう言う理由はわからない、わからないけれど、僕のことを思ってそう言ってくれていることだけはわかる。

でも、どうしたって忘れることなんてできるはずないのだ。

戦った記憶は、他の何よりも、鮮烈で、幼い頃の記憶は、他の何よりも、穏やかな幸福に包まれていた。

そうっと、アスランの掌が僕の額に触れる。

こそばゆい感覚が、気持ちいい。

身を委ねていると今度は、アスランの唇が額に降りて来た。

「……馬鹿」

「え?」

「そんなんじゃ、足りない。わかってるでしょう」

くすりと笑みをうかべて言えば、アスランも微笑み返して来た。

今度は、唇に落ちてくるキス。

けっして激しいものではないけれど、なんでもない休日には丁度いい。

唇が離れて少しして、アスランはぽつりと呟いた。

「今、じゃ、駄目なのか?」

「え?」

「今しあわせなら、それでいいだろう?」

そりゃあ、昔とはすべてのかたちがちがってしまっているかもしれないけれど。

そう言ったアスランの言葉に、はっとした。

わかっているつもりなのに、こうして言われて改めて思い出す。

今だって、いや、今がきっと、すごく幸福な時間なんだって。

「そう……だね」

僕もそう返した。

季節と同じように、人だって少しずつ変わっていくものなのだろう。それなら。



ばいばい、昨日。

ばいばい、昔の僕。

今のしあわせを追いかける、きっとこれが正解なのだ。


















2011*08*21




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