メイン6

□最後に一言
1ページ/1ページ




「悟史くんが、起きました」

申し訳なさそうに、しかし湧き上がる嬉しさを滲ませつつ、詩音はそう言った。

そんな彼女とは裏腹に、俺は苦々しい気分になる。

いつかはこんな時がくるとわかっていた。

ああ、それでも。

「約束、だもんな」

「……はい」

「やっぱり、心変わりはしなかったか」

「……ええ」



詩音のことが好きだ。

詩音は、悟史のことが好きだ。

けれど、その悟史は、ひたすらに瞼を閉ざしたままだった。

いくら気丈に振る舞ってようが結局こいつも女の子なのだ。

精神的に参ってしまうことは、至極当然で。



「ありがとう、ございました。私は圭ちゃんに、沢山、たくさん救われた」

「それでも、俺のことを好きにはなってくれないんだな」

「大好きですよ」

「悟史の次にか」

間髪入れずに返せば、詩音はふふ、と微笑した。

それは、肯定。

わかっていた現実、それでも、微かに期待していた自分がどこかにいたのだろう。

初めは偽りの関係でもいい。

いつか、俺のほうを好きだと思わせてやる。

割と本気で、そう思っていたのだが。

結局最後まで彼女の天秤の傾きが変わることはなく、俺は綺麗に失恋したわけだ。

悔しいとか、そういう感情はもちろんある。

けれど、目の前のこいつから溢れて来る嬉しそうな表情を前に、一番強く感じるのは諦めで。

「……悟史の様子は?」

問いかければ、詩音は驚いたように俺を見た。

よもや俺から、悟史の話を振るだなんて思っていなかったのだろう。

しかし次の瞬間には花の綻ぶような顔を見せて、口を開いた。

「最初は、混乱してたみたいですけど、今はすっかり落ち着いてます。それで、ちょっと話したら私のことを詩音だってわかってくれてて……。なんだかんだ、悟史くんと『詩音』として話したのは、ほんの数回でしたから、正直自信なかったんです。でも、わかってくれて。……うん。嬉しかったなあ……。それから、」

止まらない言葉。

詩音の声は、弾けるように軽く。

(ああ、)

圧倒的な敗北。

詩音は未だ悟史のことが好き。

そうは言っても、近づくことくらい出来たと思っていた。

俺と悟史との差は、縮まったと思っていた。

それはとんだ勘違い。

詩音にとっての一番は、悟史。

他のなにを置いても、とびっきりの、一番。

ここまできたらもう、俺はただ彼女の幸せを願って身を引くくらいしか術がない。

未練がない、わけではないけれど。

「詩音、」

名前を呼べば、悟史語りを続けていた詩音が言葉を止めてこちらを見た。

刹那の静寂。

微かに、緊張している自分がいて、今更なにを、そう情けなくなる。

「詩音、最後に」

俺の声は、震えている、気がした。

気のせいであって欲しいが。

「最後に一回だけ、キス、させてくれないか」

「……、」

「あ、いや、嫌だったら、勿論いいんだけど」

慌てて付け加えれば、詩音は微かに頬を染めて。

「別に、嫌じゃないですよ」

そうして、少し身体を乗り出した。




重なる唇。



触れるだけのその感触を感じるのは、きっと、最後。





触れ合った唇が離れる感覚は、いつになく寂しさを孕んでいるような気がした。

「圭ちゃん」

今度は、詩音が、俺の名を呼ぶ。

その声は、ひどく、穏やかで。

「私も、最後に。……好きって、言って欲しいです。」

「、わかった」

す、と息を吸う。

改めて、意識して言うとなると、なんだかすごく緊張した。

「……詩音」

「はい」



「……愛してる」



「、」

すこし、悔しかったから。

これは俺なりの仕返し。

思った通り、詩音は隠してはいるけれど狼狽えているようだった。

しかし、それも長くは続かない。

暫くすると詩音は微笑みを浮かべて。


「私も、大好きでした」


切なそうな、それでもどこか吹っ切れたような、そんな顔を浮かべてそう言ったものだから。

ああ、俺はきっと今、泣きそうな顔をしているんだろうな、と、他人事のように思った。














2011*08*29





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ