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□切々と語られる
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ポッドがコーンの前髪を掻き上げた。

すると。

(つき、ん)

ポッドの顔は、痛むように、歪んだ。

(つき、ん)

それを見ると、僕の、コーンの心が、きしり。悲鳴をあげた。

ポッドがコーンの髪に隠されたその下の皮膚を指でなぞる。

微かに違和感を感じるそこは、もうずいぶん昔にした火傷の痕。

「……ごめんな、」

消え入りそうな声で呟かれたその言葉は、きっとコーンに向けられたものではないのだろう。




もう、随分と前、まだコーンたちの歳が二桁になったばかりの時のこと。

そう。確かあの日は、はじめてポケモンを貰ったのだった。

デントはヤナップ、コーンはヒヤップ、ポッドはバオップ。

赤と青と緑のそれは、まるで僕たちのためにいるポケモンだと思った。

『無暗にわざを使っちゃダメよ』

母さんがいつもの穏やかな声でそう言っていたのを覚えている。

自分で言うのもなんだけれど。

コーンは大人の言うことをよく聞く真面目な子供だったので(兄弟には頭が固いなどと評されていましたが)その言いつけを守っていたのであった。

けれど、ポッドは、自分のポケモンがいるという事実がどうにも嬉しかったのだろう。

両親の目を盗んでは、庭でよくわざの試し打ちをしていて。

『ちょっと!ポッドやめなよ!かあさんにおこられるよ』

コーンがそう声をかけても彼のほうは一切聞く耳持たず。

それにムッとしたコーンは、ポッドに駆け寄って、無理にでも止めさせようとした。

そして。




ばち  り




一瞬の、衝撃。

目の前が、真っ白になった、かと思った刹那、それは赤に変わる。

なにが起きたのか、考える前に走った、痛み、右目に、激痛、痛痛痛痛痛痛痛激痛−−−−−。


そこからの記憶は、ほとんどなかった。

きっと、泣き叫んでいたのだと思う。

閃光に当てられた様な右目の衝撃と歪む左の視界。

それから、コーンの知っている言葉じゃとても表し切れない様な激痛。

気がついた時には、真っ白いベッドの上だった。

左目は、見えていた。今まで通りに。

真っ暗だった右目の視界を不思議に思って手を這わすと、包帯で頭ごとぐるぐる巻きにされているようだった。

『コーン!』

呆然としていたコーンに構わずがばりと抱きついて来たのは、デントだった。

よかった、としきりに口にするデントに対して、コーンは首を傾げた。

なにを、そんなに。問いかけると、デントはコーンの顔を見た。

それからぽたりと、涙を溢した。

『……デント?』

どうしたんですか?と訊ねるように名前を呼べば、デントはコーンの手のひらをぎゅっと握った。

……震えてる。

なにも言わないデントに疑問は膨らんでゆくばかりだったけれど、どう声をかければいいのかもわからなくて暫く黙っていると、デントは口を開いた。

『コーン、おちついて、きいてね』

震える声。むしろまずデントが落ち着いたほうがいいんじゃないかなあ、なんて、呑気に考えていた。

そっと、手のひらを握っていたデントの手が離れて。

今度は右目に添えられた。

あんなに痛みを感じていたそこは、今は、なんともない。

ただ、視界が覆い隠されているだけで。

『……右目、見えなくなっちゃったんだって』

『………………え?』

なにを言われたのか、理解が、出来なかった。

みぎめ、みえなくなっちゃったんだって。

ぐるぐるとその言葉が頭を回る。

呆然としている間にも、デントは話を進めていってしまう。

『ひのこが、目に当たって。それで、見えなくなっちゃったって、なおらないんだ、って。あと、やけど、してて、それも、のこっちゃ、っく』

泣きながら、最後は、無理に、言葉を絞り出す様にして、言われたその言葉を。

コーンは十回ずつくらい反芻して、やっと、理解できた。

もっと戸惑って、取り乱していいはずの内容だったけれど、平静を保っていたのはきっと、デントが泣きじゃくっていたせい。

どうして、どうしてデントが泣くの。

デントの目が、見えなくなったわけじゃないのに。

僕の目だって、片方はちゃんと、見えているのに。

そんなことを考えて、それでもどうすればいいのかやっぱりわからなくて、ただ、デントの頭を撫でた。

デントがいつも、コーンにそうしてくれているように。

『……コーン、』

『なあに?』

『ポッドのこと、おこってるかもしれないけど、でも、ポッドもすっごい泣いてたから、母さんたちにもいっぱいおこられてたから、だから、ゆるしてあげてね』

『…………、』

なんで?

デントのその言葉に感じたのは、疑問。

悪いのは、ポッドじゃない、でしょう?

デントの話からしたら、コーンの目が見えなくなったのは、バオップのひのこが当たったせいで。

バオップに指示を出していたのは確かにポッドかもしれないけど、ひのこはバオップのわざだし、それに、近づいたのはコーンだから。

むしろコーンがおこられるべきなんじゃないの?だって、僕の不注意、だったから。

少し混乱している間に、デントは病室を去った。

ポッドを呼んで来る、そう言って。




彼が病室に入って来て、すぐ。

僕の顔を見たとき、彼は、そう。今の彼と全く同じように顔を歪めたんだ。

それから、ぼろぼろと泣き出して。

ケンカ以外でポッドの泣き顔を見たのは初めてだったから、すごく面食らったのを覚えてる。

それから、ポッドが頭を下げて謝るのも、初めて見た。





「コーン、」

名前を呼ばれて。

追想から、引き戻される。

目の前の彼の顔は、やっぱり、泣きそうに歪んでいて。

髪を上げる手を、コーンの傷痕をなぞる手を、やんわりと引き離した。

とさりと前髪が顔に落ちる感覚がする。

「ポッド、ねぇ、貴方は何故コーンが前髪を伸ばしているか、まだ、判っていないでしょう」

唐突な話題の提示に、ポッドは一瞬言葉を詰まらせたけれど、また、更にくるしそうな顔をして返事をしてきた。

「……火傷の痕、見られたくないから、だろ?」

予想通りの返答。やはり、勘違いをしている。

「違いますよ」

コーンがそう言うと、ポッドはあからさまな驚きを顔に浮かべた。

他に、なにがあるんだよ、そう書いてある。


目は見えなくなったのに、痛みも全くないのに、それでも、火傷痕はずっと残っていた。

最初は気になっていたけれど、だんだん自分の顔を鏡で見てもそう大きな違和感は覚えなくなっていた。ただ。

(……ポッドは、まだ慣れてくれないなあ)

自分の顔を見るたびに、ポッドが泣きそうな顔をするものだから。

(隠しちゃえば、いいのかな)

コーンは、ポッドの笑顔が好きだったから。

そうすることで、ポッドが笑いかけてくれますように、そんな思いを抱えながら、前髪を伸ばし続けた。

果たして、一応それは成功したようだったけれど。

ポッドはそれを、傷痕にコンプレックスを抱えているものと勘違いしたらしい。

本人から直接聞いたのは、いまが、初めてだったけど。そのくらいわかる。


「ポッド、僕はね。この傷のこと、嫌いじゃないです。だって、ポッドから受けた、傷ですから。でも、この傷が見えている限り、ポッドは僕に笑いかけてくれないでしょう。だから、」


最近、思う。

コーンはきっと、ポッドや、デントから受ける傷なら、なんだって甘受できると思う。

おかしいって言われるかもしれない。

狂ってるって、嗤われるだろう。それでも。

二人は、僕にとって、特別で、格別なんだ。

「……お前が、許せても、俺は嫌だ。コーンの顔に消せない傷を残した自分を、許せない」

「……どうして」

「だって、お前、それで、いっぱい、馬鹿にされてたじゃねえか!俺とデントが、いたから、そんなに酷くなかったけど、」

「いじめられた?」

思わず、苦笑が漏れる。

確かに、この傷は、みんなから気持ち悪がられる対象になった、だけど。

「でも、その時二人は僕のことを守ってくれたでしょう。コーンにとったら、それはなによりも嬉しくて、しあわせだったんですよ」

「だけど!本当だったら、お前はもっともっと友達がいてよかった筈なんだ、こんな狭い世界じゃなくて、もっと、」

わかってないなあ。

自らの口で、ポッドの唇を塞いだ。

切々と語られるその言葉は、少しも、コーンの欲しいものではなかった。

「ポッド、コーンは、友達なんていらないんです。広い世界なんて、知りたいとも思いません」

「、は」

「ただ、ポッドと、デントが、コーンを好きでいてくれるなら。それで充分すぎるくらいなんです」

「コーン、」

泣きそうな顔で、ポッドはコーンの手を握った。

流石の彼にも、もうコーンが欲している言葉はわかったのだろう。

長い言葉なんて、謝罪なんていらない。

欲しいのは、たった数文字だけなのだと。

「好きだ、やっぱり、悪いことしたとは思うけど、でもコーンがそれでいいって、言ってくれるなら俺は、」

「余計な言葉は、いりません」

どうしたって、まだポッドは自分を許せないみたいだけれど。

「そんな言葉は聞きたくもないですから」

「……愛してる。これからも、ずっと」

「ええ」

大正解です。

そう笑ってみせればポッドも笑顔を返してくれた。
















2011*08*30





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