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□軽いイジメだ
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もう、夏休みが終わる。

明日から学校。だというのに。



長期休暇最終日、折角だから存分にだらだらと過ごしてやろうと思っていたのだが。

午前七時、休みの朝にしては早すぎるとも言える時間にそいつらはやってきた。

当然、苛立ちはしたのだが、心の隅で予想は出来ていたのだろう。

諦めにも似た気持ちを抱きつつ扉を開ければ、そこには予想通りの二つの影。



「宿題、見せてください……!」

部屋に上げた途端、二人揃って土下座してきた。

嫌に様になっているのはこれが毎年のことだからに他ならない。

片方は既に泣きそうになりながら、片方はへらへらと笑いながら。

そんな二人を見て、俺はため息をつく。

「お前らよく毎年毎年飽きもせずに……」

「だ、だって〜今年はいつにも増して量多かったですし」

「来年はもっと増えるからな。受験生だし」

「ちゅーか、俺は最初から見せてもらうつもりだ、」

言い終わらないうちに座っている浜野の頭に拳をぶち当てる。

もちろん、なんの手加減もしていない。

いっつ、と言う悲痛な悲鳴が聞こえたが、これくらいの制裁は当然だろう。

「で、速水は」

「いや、俺はちゃんと終わらせるつもりだったんですよ!だけど難しくって……」

「だからさあ、宿題なんてとりあえず埋めればいいんだっていつも言ってるだろ」

「そう言われても……」

涙目。

最初からやる気のない浜野に対して速水は宿題と真面目に向き合いすぎるのだ。

決して少なくない量を大真面目に消化しようとすれば、時間がかかるのも当然で。

しかし彼は手の抜き方がわからないらしく、最終的には俺のを丸写しする羽目になるわけだ。

というか、毎年のように俺を頼ってくるこいつらだが、もし俺が終わってなかったらどうするつもりなんだか。

まあその辺は嫌な信頼のされ方をしているという解釈でいいのだろう。

いいからとっとと始めろ、という俺の言葉を合図に二人は鞄から各々の宿題を取り出した。

荷物が少し多めなのは制服が入っているから。

夜までに終わらなくて泊まりになるのも毎年のパターンだから、今更なんの疑問も抱かない。

ちなみに三人の家には各自の寝巻きと下着が置いてあったりする。

そこまで頻繁でもないけれど、年に数回は泊まりに行ったり来たりするから何時の間にかそうなっていた。

(さて、と)

二人が宿題と向き合っている間暇を潰す為にゲームを取り出す。

テレビに映し出されたそれはもう随分とやり込んだ格闘ゲーム。

最早敵をフルボッコにするのが当たり前であまり楽しいとも思わないのだが、まあ、暇潰しだし。

そうして数十分。

何度目かはわからないけれど敵を倒したところで、うしろからつんつんと突つかれた。

振り向けば浜野。

何、と訊けば。

「一回やらせて」

「…………宿題は?」

「いーじゃんまだ時間あるし」

へらりと笑った浜野に軽く殺意を覚えたけれど、決しておかしくはないだろう。

「お前いっつもそうやって夜遅くまでかかるんだろ!しかも俺たちまで寝かせてくれないで!」

「だって、夜中に一人で起きてるの心細いじゃん?」

「だったらゲームなんかしようとしないでさっさと終わらせろ!」

叫ぶようにそう言えば、浜野はすごすごとテーブルに戻って行った。

そこではたと気付く。

速水の姿が見当たらない。

「速水は?」

問いかけたその時、部屋の扉が開いた。速水だ。

何時の間にやら部屋を出ていたらしい。

手元のお盆には菓子。

「……速水は、宿題終わったのか?」

まさか終わっているわけないだろうと思いつつ訊けば、やはりふるふると首を横に振る速水。

「あと、数学三ページくらいですけど……少し、お腹すいたから……」

「は、数学三ページ?」

「?はい」

「他の教科は」

「終わってます……けど」

それがどうかしたんですかと言いたげだ。

時間はまだ午前中。

写すだけの三ページなんて三十分もかからずに終わるだろう。

「え、うち泊まる必要なくね?」

純粋に。思ったままを、口にしたわけだが。

速水はショックを受けたように身体を強張らせた。

いち、に、さん。

「な、なんで、そういうこと言うんですか……!」

困った。

どうも速水の怒りの琴線に、触れたっぽい。

「倉間くんと浜野くんがお泊り会するのに俺だけ仲間はずれになったら寂しいじゃないですか!」

「え、あ、いやさ、」

もうお前なにしに来たんだよ、目的間違ってねーか?

そう言いたいのは山々だけれど言ったら言ったで泣かれそうな気もしたので、寸でのところで飲み込む。

浜野が必死に宿題と向き合っているフリをしていてとても非常に腹が立った。

丸投げすんなよ友達だろ、とこんな時ばっかり都合よく考えてみたり。

「ま、まあ落ち着けって、折角持って来たんだったら菓子食べようぜ」

「あ、俺も食べたい」

ひょこりと顔を上げた浜野に軽く蹴りをお見舞いする。

例えそれで浜野の顔が死にそうに歪んだとしても俺は悪くない。多分。

速水が渋々と机にお盆を下ろしたのを見てこっそり息を吐く。

本気でいじけると面倒だからな、こいつ。

なにはともあれ、一応は気持ちを切り替えることにしたらしい。

「そういえば、今日ってこの近くでお祭りやりますよね〜」

お菓子の袋を開きながら、普段通りの明るい声で速水が言った。

きっとなんとはなしに言ったのだろうその言葉に、俺は凍りつく。

知っていたけど、あえて何も言わなかったのに。

ちらりと浜野を見やれば、ああ。

……もう既に目を輝かせている。

速水もそれに気づいたのだろう。

今更ながらに口を塞いでいた。

一体なんの意味があるんだそれは。




……そうして結局今年も浜野に引き摺られて新学期前の半徹夜コース。

遅刻こそしなかったものの、寝不足の気だるい身体で校長の鬱陶しい話を聞く羽目になった、わけで。















2011*08*31




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